留学生はビーカーでコーヒーを飲みたい

日本の理系は皆そういうことするのか?

「なーなー、ナオツグ」

 投げかけられた声に、昴小路は何気なくカツ丼から顔を上げた。見ると、隣の席に座った赤毛の少年が、弁当箱のナポリタンを箸でつついている。青い瞳は明らかに彼に視線を注いでいて、昴小路は身体を彼の方に向けた。

「どうしたんですか、クレア君?」

「やっぱ日本の理系って、ビーカーでコーヒー飲んだりするのか?」

「……はい?」

 伊達眼鏡の奥の瞳を軽く見開き、昴小路は首を傾げる。しかし、赤髪の少年――留学生のクラレンス・スペンサーは、大真面目な顔で言葉を続けた。

「昔見た日本のアニメでさ、ビーカーでコーヒー飲むシーンがあったんだけどさ」

「はい」

「日本の理系は皆そういうことするのか?」

「しません」

 バッサリと切り捨てられ、クラレンスは呆然と彼を見返した。呆れたように肩をすくめ、昴小路は腕を組む。

「ビーカーは実験器具ですよ? どんな薬品が付着しているかわからないじゃないですか。そんなものでコーヒーなんて飲んだら体壊しますって」

「……めっちゃマジレスするじゃん」

「クレア君のことですから、本当にやりかねないじゃないですか」

 ペットボトルの紅茶を飲んで一息つき、昴小路は半目でクラレンスを見やる。

「この間御門君から聞きましたけど、『トラックにはねられたら異世界転生できるんだろ?』とか言い出したんですよね? トラック運転手さんへの風評被害も甚だしいですよ。というかそんなイチかバチかの賭けのためにたった一度の人生を棒に振らないでください。某ループする異世界に飲み込まれたらどうするんですか」

「耳が痛いぜ……って、それどっち? 死に戻りの方? メカクシの方?」

「メカクシの方です。とにかく、クレア君はなんでも額面通りに受け取りすぎなんですよ。素直ですか?」

「めっちゃ言うじゃん!?」

 怒涛の勢いで投げつけられた言葉に、クラレンスは盛大にひっくり返った。



「っていうことがあったんだよ、タツヤぁ」

「あっそ……」

 帰りの車の後部座席で、御門はクラレンスの言葉を聞き流していた。イギリス留学中のホームステイ先で出会い、何故か懐かれ、御門の帰国と同時に今度は彼が日本に留学してきたうえに、トドメに何故か彼の家にホームステイしてきた……という妙な関係性があるわけだが、それにしたってこのクラレンスは変な奴だと思う。

「てゆーかナオツグ、普通にひどくね? もっと夢見たっていいと思わねーか?」

「クレアは夢見すぎなの。5歳児なの?」

「普通に17歳だよ!」

「そっか、17歳児か」

「もっとひでぇ!!」

 半泣きのクラレンスを流し、御門はスマートフォンを軽くいじる。ふと気が向いて、検索エンジンのアイコンをタップしてみた。

「そういえば、クレア」

「なんだよ……」

「ドリップに使うやつだったらビーカーみたいな形してるのもあるらしいよ」

「マジで!?」

 爆竹か何かのように急にテンションを上げ、御門のスマホに詰め寄るクラレンス。二の腕というか胸筋というかその辺りが密着しているが、どうせ無自覚だろうから放っておく。くっつきそうな頬だけ手で押しやって、御門は画面に映ったドリップ用のビーカーを指さした。

「ま、これあくまでドリップに使うやつで、直に飲むもんじゃないんだけどね」

「ほぉ……!」

「でもまぁ、気分だけなら味わえるんじゃない?」

「おぉ……!」

 子供のように青い瞳を輝かせるクラレンスに、御門は呆れたように肩をすくめる。彼はどこまでも無邪気で馬鹿みたいで、本当に。


「……本当にしょうがない奴だよね。クレアって」

「えーっ、なんだよそれ」

「ふふ、さあね」

 クラレンスに背中を向け、身体でスマホを隠すように背を丸める。なんだなんだと小鳥のようにさえずる彼をスルーしつつ、ビーカー風の器具を売っている店を検索し始めた。

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