赤い糸屑 ――不意打ちの山田くん外伝――

東美桜

赤い糸って信じる?

巡り合わせとか運命とか

「ねえ爽馬そうま

「ん、なんだい?」

 いつものように御門みかど辰也たつやは他人の椅子を強奪し、神風かみかぜの前の席に腰を下ろした。ソフトショートの黒髪が秋の風に揺れる。修学旅行が終わったばかりの2年A組教室には、未だ受験モードに入りきれていないような騒がしさがあった。ランチボックスからベーコンレタスサンドを取り出しつつ、御門は神風の机に肘をつく。

「爽馬はさ、運命の赤い糸って信じる?」

「……どうしたんだい急に。辰也がそんなこと聞くだなんて、珍しいじゃないか」

「別に、たいした意味はないけど」

 呟き、御門はサンドイッチを口に含む。不思議そうに彼を眺め、神風爽馬は弁当の蓋を開けた。さらさらの茶髪が秋風になびくのを、御門はどこか憂いを孕んだ瞳で見つめる。サンドイッチを飲み込み、彼はどうでもよさそうに口を開いた。

「ま、僕は信じてないけどね」

「うん。なんか辰也はそういうの、信じなさそう」

「……そんなサラッと流されるのも何かもにょるなぁ……」

「だって御門くん、幼稚舎の頃から七夕とかお化けとか、全然信じてなかったじゃーん」

 ひょこ、と小柄な影が二人の間に割って入った。薄茶色のボブカットとえんじ色のスカーフが揺れる。丸っこい瞳を瞬かせ、桃園ももぞのかおるは御門に呆れたような視線を向けた。女子制服のセーラー服を纏ったその人は、明らかに少年のそれである声で言葉を続ける。

「っていうか御門くん、幼稚舎の頃、ミッション系の学園なのに聖書の中身笑い飛ばして、お説教喰らってたよねー」

「何でそんなことだけ覚えてるのさ。孝謙天皇イコール称徳天皇だってことも覚えられないのに」

「それは今関係ないじゃん……」

 むっと口を尖らせ、たまごサンドをかじる桃園。彼らが通う鶴ヶ丘天使学園は、幼稚舎から高等部までを有するミッション系の学園だ。中でも高等部のA組B組はいわゆる特進コースとして、超難関大学への進学を前提とするクラスなのだが……ほとんど運だけで特進入りした桃園にとっては、周りに追いつくのがかなり難しかったりする。そんな彼を皮肉げに眺める御門に、神風は困ったような笑顔で仲裁を入れた。

「まぁまぁ……それで、赤い糸の話だったよね。桃園さんは信じるかい?」

「んー……薫は信じてないかなぁ」

「へー、意外」

 明らかな棒読みで言い放つ御門に、桃園は一瞬だけ不満そうに目を細めた。しかしすぐに気を取り直し、えんじ色のスカーフをいじりながら語る。

「だって運命で繋がってるって言われても、いまいちピンとこないし……ドラマの中だったらともかく、現実にあるかどうかってなると、うーん……って感じしない?」

「そうかな?」

「えっ」

 何気ない声に、御門と桃園は思わず顔を上げた。二人の視線の先で、神風は海老フライを箸でつまむ。それを口に運びかけて、彼はきょとんと首をかしげた。

「……どうしたんだい?」

「いや、なんか、信じるんだなぁ、って」

「うん。そうじゃないと説明がつかないじゃないか」

 吐息のような声とともに、神風は左隣の席に視線を流す。その意味するところを察し、桃園は生クリームのように緩やかに笑う。神風は一旦海老フライを弁当箱に戻すと、かすかに頬を染め、指輪を握りしめるように口を開いた。

「ボクとスターライトが出会えたのは、本当にただの偶然だけど……どうしても、出会えなかった未来が想像できないんだ。本当に、巡り合わせとか運命とか、そういうのを信じざるをえないっていうか……」

「あはは、末永くお幸せにー」

「ちょ、桃園さん、茶化さないでよ」

 口ではそう言いつつも、桜色に染まった頬は幸せそうに緩んでいて。花嫁のような笑顔があまりにも眩しくて、御門は思わず視線を落とす。神風は茶色の瞳をそっと伏せて、脳裏に彼の横顔を描き……と、後ろからベージュのブレザーに包まれた腕が伸びた。


「……あ、えっ、スターライト!?」

 ふわりと後ろから抱き寄せられて、ほのかなラベンダーの香りが彼を包む。飛び出しかけた心臓を押しとどめるように口を押さえ、神風は顔を上げた。ブルーブラックの髪が秋風に揺れ、黒縁眼鏡越しの瞳が彼を見つめる。先程とは比べ物にならない勢いで頬に熱が上がっていく。自身の胸元に置かれた腕を握り、いつも通りの能天気な無表情に向けて声を上げた。

「え、待って、いつから聞いてたんだい?」

「『巡り合わせとか運命とか』のあたり」

「ついさっきじゃないか! っていうかたまに気配消して近づくのやめてくれないかい!? 本当に焦るから、心臓止まるかと思うから!」

「……爽馬が可愛すぎるのが悪い」

「なんだいそれ……うぅ……」

 真っ赤に染まった頬に片手を当て、神風は熱い息を吐き出した。上がっていく体温がブレザー越しにもばれそうで、それでも彼の手を離したくなくて。山田やまだスターライトは……神風の恋人は、いつだって彼のことしか考えていなくて。こんなの好きにならないわけがないじゃないか、と神風は彼の腕を握る手を少しだけ強める。そんな彼らを眺め、桃園はからかうように薄茶色の目を細めた。

「あはは、あーいかわらず仲いいねぇ」

「……」

「なんか……山田くんたち見てると、赤い糸もあるのかもって思うけどさ。でも、なんてゆーか……そんなチープな言葉じゃ足りないくらいだって思うんだぁ」

「……」

 何気なく隣の御門に視線を流すと、彼は俯いて押し黙っていた。手の中のサンドイッチもほとんど減っていない。肩をすくめ、桃園はたまごサンドを口に運ぶ。

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