赤い糸屑 ――不意打ちの山田くん外伝――
東美桜
赤い糸って信じる?
巡り合わせとか運命とか
「ねえ
「ん、なんだい?」
いつものように
「爽馬はさ、運命の赤い糸って信じる?」
「……どうしたんだい急に。辰也がそんなこと聞くだなんて、珍しいじゃないか」
「別に、たいした意味はないけど」
呟き、御門はサンドイッチを口に含む。不思議そうに彼を眺め、神風爽馬は弁当の蓋を開けた。さらさらの茶髪が秋風になびくのを、御門はどこか憂いを孕んだ瞳で見つめる。サンドイッチを飲み込み、彼はどうでもよさそうに口を開いた。
「ま、僕は信じてないけどね」
「うん。なんか辰也はそういうの、信じなさそう」
「……そんなサラッと流されるのも何かもにょるなぁ……」
「だって御門くん、幼稚舎の頃から七夕とかお化けとか、全然信じてなかったじゃーん」
ひょこ、と小柄な影が二人の間に割って入った。薄茶色のボブカットとえんじ色のスカーフが揺れる。丸っこい瞳を瞬かせ、
「っていうか御門くん、幼稚舎の頃、ミッション系の学園なのに聖書の中身笑い飛ばして、お説教喰らってたよねー」
「何でそんなことだけ覚えてるのさ。孝謙天皇イコール称徳天皇だってことも覚えられないのに」
「それは今関係ないじゃん……」
むっと口を尖らせ、たまごサンドをかじる桃園。彼らが通う鶴ヶ丘天使学園は、幼稚舎から高等部までを有するミッション系の学園だ。中でも高等部のA組B組はいわゆる特進コースとして、超難関大学への進学を前提とするクラスなのだが……ほとんど運だけで特進入りした桃園にとっては、周りに追いつくのがかなり難しかったりする。そんな彼を皮肉げに眺める御門に、神風は困ったような笑顔で仲裁を入れた。
「まぁまぁ……それで、赤い糸の話だったよね。桃園さんは信じるかい?」
「んー……薫は信じてないかなぁ」
「へー、意外」
明らかな棒読みで言い放つ御門に、桃園は一瞬だけ不満そうに目を細めた。しかしすぐに気を取り直し、えんじ色のスカーフをいじりながら語る。
「だって運命で繋がってるって言われても、いまいちピンとこないし……ドラマの中だったらともかく、現実にあるかどうかってなると、うーん……って感じしない?」
「そうかな?」
「えっ」
何気ない声に、御門と桃園は思わず顔を上げた。二人の視線の先で、神風は海老フライを箸でつまむ。それを口に運びかけて、彼はきょとんと首をかしげた。
「……どうしたんだい?」
「いや、なんか、信じるんだなぁ、って」
「うん。そうじゃないと説明がつかないじゃないか」
吐息のような声とともに、神風は左隣の席に視線を流す。その意味するところを察し、桃園は生クリームのように緩やかに笑う。神風は一旦海老フライを弁当箱に戻すと、かすかに頬を染め、指輪を握りしめるように口を開いた。
「ボクとスターライトが出会えたのは、本当にただの偶然だけど……どうしても、出会えなかった未来が想像できないんだ。本当に、巡り合わせとか運命とか、そういうのを信じざるをえないっていうか……」
「あはは、末永くお幸せにー」
「ちょ、桃園さん、茶化さないでよ」
口ではそう言いつつも、桜色に染まった頬は幸せそうに緩んでいて。花嫁のような笑顔があまりにも眩しくて、御門は思わず視線を落とす。神風は茶色の瞳をそっと伏せて、脳裏に彼の横顔を描き……と、後ろからベージュのブレザーに包まれた腕が伸びた。
「……あ、えっ、スターライト!?」
ふわりと後ろから抱き寄せられて、ほのかなラベンダーの香りが彼を包む。飛び出しかけた心臓を押しとどめるように口を押さえ、神風は顔を上げた。ブルーブラックの髪が秋風に揺れ、黒縁眼鏡越しの瞳が彼を見つめる。先程とは比べ物にならない勢いで頬に熱が上がっていく。自身の胸元に置かれた腕を握り、いつも通りの能天気な無表情に向けて声を上げた。
「え、待って、いつから聞いてたんだい?」
「『巡り合わせとか運命とか』のあたり」
「ついさっきじゃないか! っていうかたまに気配消して近づくのやめてくれないかい!? 本当に焦るから、心臓止まるかと思うから!」
「……爽馬が可愛すぎるのが悪い」
「なんだいそれ……うぅ……」
真っ赤に染まった頬に片手を当て、神風は熱い息を吐き出した。上がっていく体温がブレザー越しにもばれそうで、それでも彼の手を離したくなくて。
「あはは、あーいかわらず仲いいねぇ」
「……」
「なんか……山田くんたち見てると、赤い糸もあるのかもって思うけどさ。でも、なんてゆーか……そんなチープな言葉じゃ足りないくらいだって思うんだぁ」
「……」
何気なく隣の御門に視線を流すと、彼は俯いて押し黙っていた。手の中のサンドイッチもほとんど減っていない。肩をすくめ、桃園はたまごサンドを口に運ぶ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます