徒花姫のサンクチュアリ

@Luna1126

序章・門番の少女

 闇に包まれた無の空間。 

 その少女はそこに、身じろぎもせずに立ち続けている。


 静かに伏せられたうつろな瞳には何の感情も見えない。

 だがふと空間に奇妙な気配を捉えると、流れるような所作しょさで鳥籠を持っている片腕を上げた。すると鳥籠がランタンのように煌々と輝き出し、目の前に人物らしきぼんやりとした影が現れる。こうして姿なきものを結像けつぞうさせるのが彼女の役割であった。


 「ここから先は世界の行き止まり、最果ての花園サンクチュアリ。私は門番としてあなたに問う。」


 薔薇ばら色のくちびるからつむがれる言葉は機械的だ。もう何千回と口にした台詞であった。


 「サンクチュアリはあなたの望むものを全て与えましょう。自分の姿ですら思いのまま。何をするのも自由です。ただし一歩足を踏み入れたなら、二度とかえることは叶いません。いかなる理由があろうとも。

 戻りたければ逆の方向に走りなさい。あなたの世界が待っています。…ですが、それを切り捨ててでも来るというのなら私の手を取りなさい。」


 弱々しい影が一瞬の戸惑いの後、少女の方に手を伸ばす。

 何かが触れた感触を確かめると、はじめて一瞬少女の瞳に感情が揺らいだ。

 それは苦痛とためらいの色だった。


 「…ようこそ、サンクチュアリはあなたを歓迎します」


 その言葉と共に漆黒の空間が突然光に包まれた。

 ゆっくりとまた光が闇に呑まれた後は、もうそこには誰の姿もない。

 か細い願いの糸を辿り、次に訪れる者が現れるまで。

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