断琴の交わり

加藤ともか

弾琴の交わり ①

「嫌だ! 嫌だ! 行きたくない!」

 私はいつも駄々をこねていた。

 私は保育園児の頃から琴を習っていた。母親が、どうしてもやらせたいと言うことで始めさせた習いごとだ。けれども、小学五年生になっても尚、嫌いで嫌いでたまらなかった。いつもやめたいと思っていた。

 師匠は厳しくてきちんと弾けないと怒る癖に、「これはこう」みたいな曖昧な指導しかしてくれない。それに、私はそもそも琴になんてこれっぽっちも興味は無かった。私は本当は家でゲームをやったり、友達の家に言って遊んだりしたかった。それなのに母親は私を琴のお稽古に行かせる。貴重な日曜日の、昼の時間に。


「何を言っているの! 行きなさい!」

 酷い親だ、本当に。

 どうして行かなければいけないのか、母親は理由を明かしてくれなかった。ただただ、琴を習いなさいとしか言ってくれなかった。だから私は黙って行った。


あかね! どうしてこれくらいの事も出来ないの? 心を込めて、心を!」

 そして行った先、琴の教室で私を待っていたのはいつもキツい叱責。

 教室の藤原ふじわら嘉子よしこ師匠。高齢の女性で、かなり厳しい指導をしていた。しかし、その指導は具体性を欠いていた。

「心を込めて、って……。どんな風にすれば良いのですか?」

「しっかり自分の気持ちを琴に乗せるんだよ! ほら、私が手本を見せるから、やってみなさい」

 分かる訳が無いでしょうが。


 ああ、琴なんてやめたい。こんな長く習っているのに、『好き』と思えた事は一度も無い。そればかりか、『嫌い』と言う気持ちは日に日に高まっていく。琴について考える度に陰鬱な気分に包まれる。ああ嫌だ、嫌だ、本当に嫌だ。


 そう思っていたその日、お稽古から家に帰ったら母親から意外な話を切り出された。

「ごめんね、茜……。お父さんとも話し合ってみたんだけど、琴のお稽古、相当嫌みたいだから……。やめたいならやめて良いよ。どうする?」

「やめたい! やめる!」

 私の答えには些かの迷いも無かった。

 この日、私は琴の教室をやめた。スッキリとした気分に包まれた。今まで、私を束縛し続けていた琴から、遂に解放されたのだ。

 私は琴を自分の部屋の壁に立て掛けた。後で捨てようと思って。


 ――まさか、捨てようと思って立て掛けた琴が私と彼女を結ぶとは、この時は知るよしも無かった。

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断琴の交わり 加藤ともか @tomokato

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