27 王太子殿下と令嬢騎士 ②
「ルーゼさんとハランシュカさんは、恋愛結婚ですか?」
「あら、それ聞いちゃいます?」
「聞いちゃいます」
身を乗り出して尋ねる。
昔を思い出すように空中に視線を彷徨わせてから、ルーゼは言った。
「まぁ、恐らくは恋愛結婚になるんじゃないでしょうか?」
「恐らく、なんですか?」
「そうですね。少なくとも、ハランはそう思っているはずです」
なんとも含みのある言い方だ。
首を傾げて続きを待っていると、普段はあまり凛々しい顔つきを崩さないルーゼがふわりと笑った。
「殿下とは違い、ハランとは面白いくらい気が合いませんでした。でも、そこが逆に良かったんだと思います」
ルディオとは気が合っていた自覚はあったらしい。
「私はこういう性格なので、思ったことを口に出してしまうことが多いのですが、ハランは何を言ってもきちんと受け止めてくれるので、そういうところが好きなんだと思います。ただ、頭が良すぎるところは苛立ちますが」
そう言いながらも、口元を綻ばせる。
素直に好きと言える彼女が、羨ましいと思った。
「シェラ様も、殿下には遠慮しなくていいのです。言いたいことは言ってしまった方が、楽になれる場合もありますよ」
言いたいことなら、ある。
彼に対する気持ちを伝えたい。
その結果嫌悪されたとしても、言わないまま終わるよりはずっとましだ。彼に会う時間が減ってからは、そう考えるようになっていた。
「でも、最近は顔を見ることもできてなくて……」
想いを伝えたくとも、本人に会えないのであれば意味がない。
「確かに、ここしばらくは本当に忙しいようですね。ハランもほとんど家には帰ってきませんし、私も仕事を上がる際に執務棟に寄って、顔を見ていくくらいしかできてません」
執務棟と言うのは主に政務関係の実務を行う場所で、騎士団の本部も併設されているらしい。
シェラが生活している居住棟とは別の建物になるため、わざわざ押しかけてまで会いに行くのは躊躇われた。
「殿下の場合はハランと違って、部屋には戻っているはずです。この際ですから、思い切って夜中に押しかけてみては?」
「!」
それは盲点だった。
迷惑をかけたらいけないという思いから、夜遅くに帰ってくる彼のもとを訪ねるなんて、考えもしなかったのだ。
やっと仕事を終えて戻ってきた彼に時間を作ってもらうのは申し訳なくもあるが、このままではしばらく話しすらできないだろう。
いつまでこの状態が続くのかもわからないし、こうなったら強硬手段に出るしかない。
「それ、採用します!」
拳を握りながら力強く言うと、ルーゼは笑顔で応援してくれた。
「ふふ、健闘を祈ります」
こうなったら当たって砕けるしかない。
いや、砕けてしまったらいけないのだが、待っていても何も始まらない。
もう、限界なのだ。
ルディオに会いたくて会いたくて、行き場のない想いがずっと胸の内で燻っている。
彼が風邪をひいてからは、ずっと別の馬車で移動してきた。それは風邪が治ってからも続き、何かと理由をつけて同じ馬車には乗せてくれなかった。
道中の休憩時や食事の際は一緒に楽しんだのだが、国境を越えてからは宿も別々の部屋を使っていた。王城に到着したあとは、始めに挨拶回りをして以降まともに顔を見ていない。
もしかしたら避けられているのでは、と思ったことも一度や二度ではないが、なるべく考えないようにしていた。
本当に避けられているのなら、今後の身の振り方も考えなければならない。
彼にとってシェラは、あくまでもヴェータとの関係をつなぐための道具だ。無事に条約が締結された以上、もう深く関わる気はないのかもしれない。
もしそうであれば、今後は形だけの夫婦を続けることになる。アレストリアは王族に限り、一夫多妻制を認めているらしいし、シェラ以外の妃を娶る可能性だってある。
知りたくないと言う思いもあるが、この際だからはっきり聞いてしまおう。
この二週間、考えては消してを繰り返していたが、悶々としているよりはずっと楽になれそうだ。
「ふふ。シェラ様は、本当に殿下がお好きなんですね」
「わ、わかるんですか?」
「わかりますよ。殿下のことを考えている時は、女の顔をしていますもの」
「――!」
思わず両手で顔を隠す。
恥ずかしさで、頬が赤く染まっていくのが自分でもわかった。
一体どんな顔をしているのか。今度は姿見の前でルディオのことを考えみようか、なんて思っていると、ルーゼが急に真面目な顔つきになり、静かな声で言った。
「どうか……何があっても、殿下を見捨てないであげてください」
……見捨てる?
見捨てられることがあるとすれば、それは自分の方だろう。
そう答えようと口を開きかけたが、あまりにも真剣なルーゼの顔に言葉をのみ込んだ。
なんと言えばいいか迷っていると、今度はパッと表情を変えて笑顔を作る。
「では、私は一度本部に戻ります。夜襲の結果、楽しみにしていますので、どうなったか聞かせてくださいね!」
にこりと笑ったその顔は、いつもの彼女と同じだった。
どんな想像をしているのかわからないが、ルーゼが期待しているような結果にはならないだろう。
彼女の後ろ姿を見送りながら、今夜の計画を立てるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます