19 隠しごと



 離宮に戻ると、問答無用でルディオにベッドへと放り込まれた。

 また抜け出さないようにと、彼はベッドサイドに持ってきた椅子に座り、何かの資料を取り出して見ていた。


 横になったはいいものの、なかなか寝付けない。力を使った直後に比べ、何故か体力が回復しているのだ。


 それに、目の前に彼がいるせいで、なんだか変に緊張してしまう。

 昼間の明るさもあり、このまま寝入れば確実に寝顔を見られるだろう。そう思うと余計に恥ずかしさが込み上げてきて、眠れる気分ではなかった。


「眠くないのか?」

「あまり……」

「ふむ、なら少々聞きたいことがあるんだが」


 首を傾けて続きを促すと、彼は改まった様子で口を開く。


「1年ほど前に周辺諸国で発生していた、貴族の娘が誘拐される事件について、君が知っていることはないか?」


 知っているに決まっている。

 あれは、ヴェータが主導して行っていたことだ。シェラに代わる、新たな聖女を探すために。


 今まで聖女は、比較的身分の高い娘から見つかることが多かった。そのため、各国から王族や貴族の娘を集めていたのだ。


 しかし、最終的にはシェラの力によって解決することになる。

 バルトハイルの妃となる娘は、次の聖女である可能性が高い。兄の未来を視ることで、レニエッタを探し出したのだ。


 そして、聖女の選定にはあの腕輪を使用する。

 潜在的に力をもっている者は、腕輪を手に取った瞬間に能力を発現する。そうやって、シェラやレニエッタも聖女に選ばれてきた。


「わたくしは……存じておりません」

「そうか。実は誘拐された者の行方を追っていたら、最終的にヴェータに辿りついてな。何か知っていたらと思ったんだが」


 知ってはいるが、答えることはできない。

 シェラはすでにヴェータの王女ではなくなった。今後はアレストリアのために、知っていることを話すべきなのかもしれない。

 でも、それは聖女のことも話さなければならないわけで――


 シェラの力のことを知ったルディオがどう思うか、怖くて想像すらできなかった。


「今回わざわざヴェータまできたのは、この誘拐事件について探る目的もあったんだが……現状では手詰まりだな」


 誘拐されてきた娘がどうなったのか、シェラは知らない。

 他国から正式な手続きを経て娶った妃は、なんらかの理由をつけて、臣下に下賜されたと聞いている。


 彼は少し残念そうなそぶりを見せながら、手に持っていた資料を近くの机に置いた。


「そういえば、今後のことについてだが」

「はい」

「とりあえずは数日様子を見て、雪が止めばすぐにヴェータを発つ。止まなければ雪道用の馬車と馬を借りることになった」


 さすがにひと冬をヴェータで過ごすのは、現実的ではなかったのだろう。多少強引でも帰国する方を選んだようだ。

 シェラが視た未来のとおりであれば、この先雪はやむはず。恐らくそのタイミングで、天候が悪化する前にヴェータを出るのだろう。


「わかりました。きっとすぐに止みます」

「だといいんだが」


 窓の外では、まだまだ大粒の雪が降り続いている。

 多少積もることは避けられないだろうが、あの映像からすると、朝までにはやむのではないかと思った。


「さて、眠れないなら添い寝でもしようか?」

「え!?」


 今度は意地の悪い笑みでシェラを見る。


 ここで『はい』と答えれば、本当にしてくれるのだろうか。

 期待している自分が浅ましく思えたが、思いきって肯定してみることにした。


「お、おねがい、します」


 一瞬目を見開いて、彼は口元に手をあてる。


「……そうくるとは、思っていなかった」


 予想外のシェラの反応に、眉尻を下げて困ったような表情をする。

 やっぱり冗談だったようだ。

 それもそうだろう。彼はシェラに気持ちなどないだろうから。


「これで勘弁してくれ」


 苦笑を浮かべながら、手の甲でシェラの頬に触れる。


「やはり、冷たいな」


 冷え切った頬に、彼の体温がじんわりとしみてくる。

 やっぱりルディオに触れられると、なんだかふわふわとした感覚になって、とても心地がいい。


 急に押しよせてきた眠気に抗うことなく、シェラは眠りに落ちていった。




   *




「ん……」


 目を開けると、辺りは暗闇に包まれていた。

 どうやら、あのまま夜中まで眠ってしまったらしい。

 月明かりにうっすらと浮かぶ時計を見上げると、すでに日付が変わってからそれなりの時間が経っている。


 こんなに眠るつもりはなかったのだが、久しぶりに力を使ったせいだろうか、思っていたよりも体力が落ちていたようだ。


 ふと隣を見ると、いるはずの人物の姿がなかった。

 この時間はいつもは寝ているはずなのに、どこに行ったのだろうか。


 身体を起こそうとしたシェラの耳に、小さな話し声が聞こえてきた。


「行くのかい?」

「ああ、思ったより状態は良いんだが、昼間のこともあるし念のために散らしてくる」


 それは、ルディオとハランシュカの声だった。

 何やら部屋の外で、二人は会話をしているらしい。


「そう、気をつけて。万が一見つかったりしたら、大ごとになるからね」

「わかっている。今夜なら、雪が足あとを消してくれるだろう」


 会話の内容に、次々と疑問符が浮かんでいく。

 見つかる? 足あと? まったく意味がわからない。


 もしかしたらこの会話は、シェラが聞いてはいけないものなのでは――

 そう思うも、耳にしてしまったものはどうしようもなく。起き上がりかけた身体を、そのまま再びベッドに沈めた。


 遠ざかる二つの靴音を聞きながら、思い出す。


 昼間、見てしまったルディオの記憶。あれは何を意味していたのか。

 思い返してみれば、彼と初めて会った日に視た記憶も不思議な内容だった。黄金の獅子が朝焼けのなか佇む、現実とは思えないような幻想的な情景。


 先ほどの会話といい、彼にもシェラに隠していることが……?

 もしそうだとしても、自分にそれを追求する権利はない。嘘で塗り固めているのは、シェラも同じだ。


 こんな危うい関係、いつまで続くというのか。

 そんなものはわからないけれども、できる限り長く彼のそばにいたいと思う。


 考えれば考えるほど、良くないことが思い浮かんでしまう。考えないようにと眠ろうとしても、寝過ぎたせいかなかなか寝付けない。


 結局朝日が登っても、ルディオが部屋に戻ってくることはなかった。


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