15 眠れない夜に



 離宮に戻ると、ルーゼが出迎えてくれた。

 彼女は泣きはらしたシェラの顔を見て、眉を寄せて詰め寄るように言う。


「ルディ! あなた泣かせたの!?」

「私のせいではないと思うんだが……」


 少しだけ慌てたようなそぶりを見せて、ルディオが答える。

 真意を問うようにルーゼが顔を覗き込んできたので、ぎこちなく笑顔を作った。


「私が勝手に落ち込んで、勝手に泣いたんです」


 そうだ。

 自分が勝手に彼を好きになって、先のなさに一人で泣いただけだ。ある意味彼のせいとも言えるが、涙の原因は自分自身の問題である。


 このまま気持ちを隠すべきか、それとも打ち明けるべきか。

 どうせ短い命なら、想いのままに行動してもいいのかもしれない。


 そもそも、ルディオとはすでに夫婦なのだ。自分の夫を好きになることに、なんの罪があるというのか。

 もともと婚姻を提案してきたのは彼の方だし、シェラの気持ちを想定していた可能性だってある。むしろ、そうだったら良いとさえ思う。


 思いっきり泣いたからか、妙に頭がすっきりしてきた。


 ルーゼが淹れてくれた温かい紅茶を飲みながら、だんだんと開き直り始めた自分の思考に、心のうちで苦笑をもらした。


「夜会は途中で抜けてしまってよかったんですか?」


 問いかけると、隣に座った彼はさして気にした様子もなく言う。


「後のことはハランに任せてきた。あいつがなんとかするだろ」

「そうですよ、シェラ様。面倒なことは、あのおじさんに任せておけばいいのです」


 ルーゼの言葉に、思わず紅茶を吹き出しそうになる。


「あの……ハランシュカさんはおいくつなんですか?」


 見た目からしたら、間違いなくおじさんと言われるような年齢ではない気がするが、そう言われると気になってしまうのも事実で。

 失礼かとも思いながら尋ねると、ルーゼは素直に答えてくれた。


「私よりふたつ上なので、29歳ですね。シェラ様からしたら、もうおじさんでしょう」


 シェラよりちょうど10歳年上らしい。たしかにそれなりに離れてはいるが、それをおじさんと言って良いものなのか。

 疑問を浮かべていると、ルディオが口を挟む。


「ルーゼ、私たちもハランとは二つしか変わらないんだぞ? あいつがおじさんなら、私とおまえも似たようなものになると思うが」

「十分わかってるわよ。だから若い奥さまに嫌われないように気をつけることね。泣かせたらぶん殴るから」


 ルーゼの剣幕に、ルディオは少したじろいだ様子を見せ、無言で頷いた。

 彼の身の安全ためにも、今後人前ではなるべく涙を見せないようにしようと心に誓う。


 和やかとは言えないような会話を楽しみつつ、冷えきった身体を温めた。そのあとは湯浴みを済ませ、彼と同じベッドに入る。


 横になり一息つくと、いろいろと考えてしまう。

 気づいてしまった自分の気持ちもそうだが、それ以上に重要なことがある。


 ルディオが、レニエッタの力の影響を受けなかったことだ。

 長いあいだシェラは聖女として力を使ってきたが、こんなことは初めてなのだ。どうしてなのか、全く見当もつかない。


 もう一度彼の記憶を覗けば、何かわかるかもしれない。でも、そんなことはしたくなかった。

 誰だって隠しごとの一つや二つはある。そういうものを、今まで何度も視てきた。


 最近はなぜか体調も良いし、力も安定してきている。そのおかげか、彼に触れても勝手に記憶が流れ込んでくることはない。

 記憶を覗いたところで何かが分かるという保証もないし、倫理に反することはしない方がいいだろう。


 そこまで考えて、さすがに眠ろうと目をつむってみるが、なかなか寝付けなかった。

 泣いて疲れているはずなのに、いろいろとありすぎたせいで、頭が完全に冴えているのだ。


 ふと隣を向くと、シェラとは反対側を向いて、横になっているルディオの背中が見えた。

 ベッドに入ってから30分くらいは経っている気がするし、さすがにもう寝入っているだろうか。規則正しく上下に動く肩の様子からして、恐らくはそうだろう。


 起こさないように、もそもそとベッドの上を移動する。

 近づいた広い背中に、そっと頭を寄せて額で触れてみた。布越しに伝わる熱が、なんとももどかしい。


 あなたの腕の中で眠りたいと言ったら、なんて思われるだろうか。

 たった数日での心境の変化に、はしたないとなじられるかもしれない。


「ルディオさま……」


 あとどれくらいの時間が残されているのかは、分からない。

 けれど、後悔のないように生きよう。

 そう決意しながら、夢の中へと落ちていった。


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