第3話 開花



「なんと!?」


 僧の声がうわずった。


「そして今日がまさに、その二百年目なのです。この瞬間に出会えるとは、お坊様は運がいい。さあ、まもなくそのときを迎えますよ。あそこを見て下さい」


 池の真ん中に盛り上がる物があった。水面みなもを押しのけて出てきたのは、山の巨石ほどもある、蓮のつぼみだった。


 僧がうろたえている間も、蕾を支える茎がぐんぐん伸びていった。やがて二人を見下ろす高さまで昇り、止まった。


「ああ……待ちかねたぞ……」


 祈るように手を広げる若者の前で、若緑色の蕾が回転しながら開いていく。


 僧はその中に光にかたどられた人型の姿を見た。


 弥勒菩薩みろくぼさつだった。蓮華の台座に座り、左かかとを反対の膝の上に乗せる独特の姿。頬の前の手は、親指と薬指の先を合わせる独特の印を結んでいた。


 このような場所で仏の姿を見ようとは! 僧の体は感動に震えた。あまりの神々しさにこうべを垂れずにいられない。


那智なち!」


 若者は仏の威厳にもひるむ様子はなかった。


 弥勒菩薩が応えた。


余一よいちか。いや、今は西の雲龍うんりゅうと呼ぶべきかの。もはや人の姿をしておらぬと思っていたが」


「龍の血を飲み永遠とわの生命を手に入れた私だ。どのような形にもなれようぞ。だがあえてこの・・姿で出迎えた理由わけは、那智にもわかっているはず。戻って欲しい……互いに想い合っていたあの頃に」


 若者は立ち上がり、菩薩に向かって手を伸ばした。


「那智よ、その花から出てきてはくれまいか。そして私とまこと夫婦めおとになってくれ」

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