第1話



「行ってきます!」

アリスは元気いっぱいの声で家を飛び出した。ワクワクが止まらない胸は一足先に出てしまいそうだった。それもそのはず。アリスにとっては今日から新しいもの毎日になるからだ。そう。アリスは転校するのだ!しかも、全寮制!中高一貫私立学校!前いた学校が悪いというわけではないが、これだけ色々揃っているとこうもなるわけで。

「〜〜♪」

アリスは人と話すことが大好きだ。新しいことも大好きだ。しかし、それも楽しい学園生活になれば、の話だが。アリスったら、別に寝坊したわけでもないのに、気持ちばかりが急いでついつい駆け足になる。このままじゃあ、ほら、ちゃんと前を向かないと・・・いや、曲がり角だ。

「・・・えっ。」

「わっ・・・!」

ほら、いわんこっちゃない。体に強い衝撃が走ったと思えば後ろのめりに倒れて尻餅をついてしまう。

「いったあい!!」

随分派手に転んだものだ。ぶつかった方もだが、起き上がるのは相手の方が早かった。

「大丈夫ですか!?」

差し出された手を取り、腰をさすりながらゆっくり立ち上がる。さすがのアリスも、自分からやらかしたことの自覚はあるので先に謝った。

「大丈夫よ。ごめんなさい、あなたこそ・・・。」

「僕は大丈夫です。」

見上げたアリスは固まった。

「どうかしましたか?」

ぶつかった相手は少年だった。きているのは制服、しかも今から自分が通う学校のものだ。いや、驚いたのはそれだけではない。白いふわふわの髪から覗くのは、そう、紛れもなく・・・ウサギの耳だった。

「・・・あのぅ、すごくお似合いですね。」

しかしまさかそれが本物と思うほどアリスの頭はファンタジーに染まっていなかった。

「え、え!?そんなこと初めて言われました、えへへ・・・。」

あ、照れてる。かわいい。なんて思ってしまったが反応を見るあたり、つけものなのだろう。少し安堵したアリスは少し調子に乗って。

「ほんものそっくりね!少し触っていいかしら?」

と尋ねると。

「何を言ってるんですか。本物ですよ?」

と真顔で返された。


「・・・・・・。」

スッと手を引いたと見せかけて、サッと握った。

「ぴゃあああ!!」

随分上擦った悲鳴と共に全身が跳ね上がる。それは同時に耳も動いたような感覚を直で感じた。アリスもびっくりして手を離す。

「・・・。」

二人の間に流れる妙な沈黙。

「私は夢を見ているのかしら?」

「ええ、夢、夢ですとも!」

「ならさっきなんで私は転んだ時に痛かったのかしら?」

「それは・・・なんででしょうかね?」

じり、じりと後ずさる少年。この時点で嫌な予感はしていた。アリスの目は彼をすでにしっかりととらえていた。夢であって欲しいとアリスは信じていた。でも夢ではない。疑う余地がない。なら、好奇心旺盛なアリスがやることはただ一つ。

「それはなに!?もっとさわらせて!!」

いつスタートダッシュをしたのかもわからぬほど、いきなり全力疾走。

「ぎゃあああ!?」

今度は絶叫しながら、迷わず一目散に逃げ出した。

「少し・・・はぁ、先っちょだけでいいから・・・!!」

「誰かー!変質者!!」

「誰が変質者よ!!」

確かに、息切れしながらだから仕方ないが・・・いや、仕方なくない。これは。アリスは奇妙な少年を追いかけ回す形であっという間に自分が通うことになる学校にたどり着いた。

「はぁ・・・はぁ・・・。」

校門の前で冷静になるアリス。ただしくは、走り過ぎて疲れ、ちょうどきりのいいところで走るのを終えたのだった。膝に手をつき、荒い呼吸を整える。ほぼ駆け足で来たおかげで、はるかに早い時間に着いてしまった。


「それにしても、でっかいわね。」

さすが中高一貫とだけあって、アリスの通っていた前の学校に比べて端が見えないほど大きく、そして四階ぐらいあった。奥にもたくさん建っている。これは絶対数日間は迷うか、慣れてきても全部を把握できる自信はなかった。

「・・・少し、探検してみようかしら。なんて。」

獲物も逃してしまったし、暇なアリスは早速次なる行動に移そうとしたが。

「もし迷子になって、先生に迷惑かけて、せっかく早くに来たのに初日に遅刻なんてこともしなくないわ。どうせ探索するなら、学校に詳しい人と一緒の方がいいだろうし。」

なんて独り言を呟いていると。

「あっ、かわいい嬢ちゃん発見!」

後ろから声が。振り返ると、数人の男子生徒が。

「はじめまして。私、今日からこの学校に通うことになったの。」

純粋無垢なアリスは、にやついた顔に見え隠れする意図など気付きもせず、しかもかわいいといわれて少し照れてる始末だ。

「あっ、そうだわ。」

アリスは閃いた。勿論、ナンパを回避する方法ではなく。

「この学園を少し見て回りたいのだけど、都合がよろしければ案内してくれますか?」

なんということだ。アリス、頼る相手を今一度見極める目を身につけたほうがいい。しかしこの場に彼女を守る人はいない。アリスは自ら罠にかかっていったようなものなのだ。

「おう、いいぜ。ついてきな。」

男達に断る理由はない。だって案内する気はそこまでないのだから。

「ありがとう・・・。」

なんの疑いもしないでついていこうとした、その時。


「やあ、君達。朝っぱらからナンパとは青春楽しんでるじゃないか。」

またもどこから声が。今度の声の主は・・・。

「げっ・・・。」

男達が君悪そうな顔を浮かべたその先。学士が被ってそうな帽子とマントを身につけた、亜麻色の髪を束ねた少年が微笑んでいた。当時のアリスにとっての印象は、一人だけ制服が違うから「特別な生徒」だった。

「ナンパ?何を言ってるの?」

アリスは首を傾げる。

「この人達は私に学校の案内をしてくれるのよ?」

「そうかい。だとしたら残念だ・・・。」

少年は一歩前に出た。アリスを庇うように、そう感じさせないように。

「僕の方が詳しい。より詳しい方がいいだろう?だってほら、僕は先生だからねぇ。」

後者は男達を睨みつけながら。童顔だが、少し切れ目から覗く眼光は冷ややかな光を浴びているように見えて、男達は冷や汗をかいた後にそそくさと逃げていった。


「・・・さて。」

少年にしか見えない先生は、やれやれと肩を竦めた。

「私、ナンパされてたの!?私が!?」

顔を真っ赤にしたアリス。これで少しは懲りたかな?

「そうだね。」

とだけ返された。あまりにもあっけない。

「まあ!かわいいだなんて適当なこと言って!ひどいわ!」

「・・・君は何が嘘で、何が真実かを見極める力をつけた方がいい。ところで君は今日からこの学校に入ってくるアリスだね?」

そう言って少年は脇に抱えていた名簿のようなものに視線を移した。ページをめくる。ここに生徒の情報でも載っているのだろうか。

「ええ、そうよ!」

「そうか、ちょうどいい。」

ぱたん、と名簿をたたむ。

「僕はシフォン=ベルガモット。君が転入してくるクラスの担任さ。」

まさかのまさかだった。ナンパから助けてくれた、どこからどう見ても先生ではなく生徒にしか見えない目の前の少年が、生徒ではなく先生だなんて。アリスはよく出来た子だった。子供のように見えるだけで大人だなんて珍しいけどもあり得ない話ではない。だから童顔なんて言葉もあるんだし。よほどさっき出会った少年に比べたらよほど現実的だ。

「改めてよろしくお願いします。」

ぺこりと一礼。シフォンの微笑む顔は確かに、子供ではなく大人の顔だった。

「少し早いが、近道をせずに歩いたらちょうどいい時間になるな。本当は理事長にも会ってもらいたかったのだが、生憎向こうに急用ができてね。」

アリスは期待に胸を躍らせる、だけではなく、やはり少しぐらいは緊張もするようで。シフォンはすぐに察した。

「そんなに緊張しなくても大丈夫。何かあったら僕を頼ってくれたらいい。」

ついさっきも不埒な輩から助けてくれた頼れる先生だ。しかも担任。早速心の張り詰めた糸みたいなものが緩くなったのを感じた。

「ありがとうございます!」

アリスとシフォンは横並びで、教室までの道のりをゆっくりと歩いた。



校内は私立にはふさわしいぐらいに豪華だった。金の装飾、白亜の壁、赤いカーテン・・・ただ、目的の場所に近づくにつれてだんだんと質素になっていった。気になったことはすぐに聞いてしまうアリス。

「ここはやけにシンプルな作りなのね。」

「・・・うん、そうだね。金がないわけじゃあないよ。差別されてるわけでもない。」

もう一度言おう。アリスは出来た子だ。そこに大人の事情があると思えば深くは聞かない子だ。または、面白くなさそうな答えが返ってきそうと思ったからかもしれないが。

「着いたよ。ほら、いい時間になった。」

腕時計で時間を確認。覗き込むと六時だったが、今はツッコミを入れる余裕はなかった。だって、間も無くアリスは新たな学園生活を共にする仲間に出会うのだから。やはりいざとなると、緊張はしちゃうもの。深呼吸を繰り返して、キリッとした顔を作った。中からは賑やかな声がする。緊張するな。楽しみと思え、と言い聞かせて。

「先に入る。呼んだら来てくれ。」

と言って、シフォンは先に入った。

「静かに!こら、レイチェル。何学校にロールケーキ丸ごと持ってきてるんだ。没収。」

「なんでだよ!」

響き渡る生徒の抗議と笑い声。生徒と先生の関係も雰囲気もいい感じ。これならきっと、なんとかなる!段々とアリスは緊張から自信に変わっていった。

「はいはい静かにして。今日からこのクラスに新たな仲間がやってくる。入ってきなさい。」

出番だ。アリスは気を引き締め、この上なく晴れ晴れとした顔、清々しい気持ちで一歩踏み出し、教室の出入り口を跨いだ。

「・・・・・・。」

アリス、本日にして二度目の硬直。

それもそのはず。ここにいる生徒のほとんどに・・・生えていたのだ。動物の耳と尻尾。更に驚いたのは、ドアからしか見えない光景に隠されていたカオス。窓に飛び込んでいる人。天井に足をついて真っ逆さまの人。なんか胸に刺さって倒れている人。そして・・・。

「七十四点。」

一番頼り甲斐あると信じていたシフォンはあろうことか教壇でロールケーキを頬張っていた。先ほど聞こえてきた会話によると生徒から没収したものだろう。

「って、お前が食いてえだけじゃねえか!勝手にとって微妙な点数つけてんじゃねえ!!」

と憤懣の生徒。もれなくウサギの耳と尻尾付き。その少年もすぐ、他の生徒も、みんながみんな新たな生徒に釘付け。

「うおおおぉおおかわいい子きたああああ!!!」

飛び交うのは野郎どもの大歓喜の大合唱。今は可愛いと言われて照れてる余裕はない。今の状況を理解しようと必死だが、理解不能すぎて、理解することをやめた頭はついに逃避に走った。


「入る世界を間違えました。」

「教室じゃなくて!?」


はたして、アリスの新たな学園生活はどうなることやら。そもそもこの話、続くのか?

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私立淘汰学園 時富まいむ @tktmmime

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