第3話 希望

 誰もいない家のピアノはいつも冷たい。

 私はそっと撫でるように鍵盤に触れ、そしてJ.Sバッハの『アリオーソ』を演奏する。

 心は落ち着いている。もう平気だ。

 私はこんな風に気分が良い時、散歩をしに出かけたくなる。だから、私は壁にかけられていたトレンチコートを羽織って出かけた。


 この日は秋の終わり頃で、夜空は晴れていた。風が気持ちよく頬を撫で、綺麗な星々はまるで宝石の山のようで、なんだかうっとりする。

 散歩のコースはいつもと同じ。家を出て公園に行く。そして池沿いの手すりに寄り掛かって、それから再度星々を眺める。——美しい。

 最近読んだ雑誌によれば、星々の輝きは宇宙創生の初期でしか見られないそうだ。すべての恒星はいずれ燃え尽き、やがて宇宙は真っ暗になると言う。

——なら、綺麗な星々が見れるうちに生まれたというのは、幸運という物じゃないかしら?


 私は池の向こうにて、抱擁を交わす男女を見つけた。そして、彼らを羨む自分に気がつくと


「ふふ、馬鹿ね……」


と自嘲する。


 私の人生は孤独で灰色だと思ってた。何もない暗闇の中だと思っていた。

 でも文芸部に入って希望が見えるようになってきた。私でも人と関われる。

 私の人生は確かに孤独で灰色であるけれど、暗黒の中にあるとは限らない。気が付かないだけで、小さな輝きが周囲に溢れていると思う。


 風が気持ち良い。思わず微笑んでしまう。

 時間が時間だからか、人は例のカップルしかいないし、車の通りもない。鳥は眠り、人もまた眠る。

——私もそろそろ彼らと同じく眠ろうかしら。

 私は力強く一歩を進めた。

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