幼馴染との婚約の話が棚上げになりました
もりやこ
第1話 婚約の話
その日も朝からうちの庭園に足を踏み入れているのは、隣の敷地に住んでいるブラウン公爵家嫡男のアンソニー。私パトリシアの幼馴染である。
「アンソニー、朝からここに来る必要があるのかしら?」
「パティに会えるだろ?」
アンソニーは毎日この調子だ。仮にも彼には王族の血が流れているというのに自覚がないのだろうか。アンソニーの父親は現国王陛下の弟君。臣下に下って公爵位を賜ったとは言え歴とした王族なのだ。私はため息をつくと、いつもの返事をする。
「それで?」
「後でお菓子を持ってくるから、勉強しながら一緒に食べないか」
これもアンソニーのいつもの返しだ。だが、お菓子に目がない私はいつもここで妥協する。
「そうね。いいお茶を頂いたのよ。メアリーに淹れてもらいましょう」
「良かった。それじゃ、後で」
アンソニーの姿が大きな動物のトピアリーの向こうに消えた。
「何だ、またアンソニーの奴が来てたのか? あいつも一途な奴だな」
私は背後から聞こえてきたお兄様の声に振り返った。
「お兄様がこちらにいらっしゃるなんて珍しいですね。何かございましたか?」
「父上がパティを呼んで来いとさっ」
私は庭師から切って貰った花束をお兄様に渡した。
「たまにはお義姉様にプレゼントした方が宜しいですわよ」
「えっ? イライザが何か言っていたか?」
お義姉様を溺愛するお兄様がおろおろしている様子に内心舌を出す。
「お父様のところに行ってきますわ」
お兄様をその場に残して執務室に向かう。
それにしても朝から呼び出しされるような事をしただろうか。ここ何日かの行動を振り返ってみたものの思い当たる節がない。
廊下を歩いていくとちょうど執事長が執務室から出てきた。
「お父様は中にいらっしゃるかしら?」
「はい、お嬢様」
執事長は扉をノックすると「お嬢様がお見えになりました」と声を掛けた。
「パティか。入りなさい」
「失礼いたします」
頷く執事長に見送られて中に入った。
お父様に勧められた対面のソファーに腰掛ける。
「パティ。ブラウン公爵家からそろそろ正式に婚約しないかと打診が来てる。私はお受けしていいと思っているんだが」
「……」
「不満か?」
「いえ、決してそのようなことは……。ただ身内のように接してまいりましたので、婚約と言われてましても実感が湧かないといいますか……」
「見ず知らずの家に嫁ぐ者だっている。自分が恵まれた立場でいることは理解しているだろ?」
確かにそう思う。頭では分かっているのだ。
ただあまりにも身近にいたアンソニーを急に男性として見ろと言われても、自分の心がどう思っているのかよく分からなかった。
「はい、わかっています。お父様」
「ブラウン家には明後日には返事をすることになっている。もう一度よく考えてみなさい」
「ありがとうございます」
お父様にお辞儀をして執務室を後にした。
だが返事を考えるどころか自分の気持ちに蓋をしてしまうことになるなんて、この時の私は知る由もなかった。
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