不思議の国の初恋

遠山朔椰

第1話 不思議の国のアリス


 主な登場キャラクター


 アリス

 スペードの2

 スペードの5

 スペードの7

 スペードのA

 ハートのA    被害者

 ダイヤのA

 クローバーのA

 帽子屋

 三月ウサギ

 ヤマネ

 侯爵夫人

 カエルの召し使い

 料理人

 赤ん坊

 ハンプティ・ダンプティ

 トカゲのビル

 王様

 女王様



 新学期初日。年に一度の避けては通れないクラス替えによって、唯一仲のいい友達と別のクラスになってしまったときは、この世の終わりのような気持ちだった。

 帰宅した私のあまりの落ち込み様を見兼ねたのだろう。母は「何とでもなるわよ」という言葉と共に笑みを崩すことなく励ましてくれた。後押しを受けた私は、明日は頑張って話しかけてみよう、そう意気込んで登校した二日目。近くの席の子は誰もかれも、前の学年から同じだった子や部活の子と談笑していて、相変わらず私が入る隙は無さそうだった。グループが整っても、このままわたしだけ一人ぼっちになるのでは。そんな恐ろしい不安がまた押し寄せては心に暗く募っていく。

 そしてお昼時、お弁当の時間も当然一人だ。母が丹精込めて作ってくれた弁当箱は色とりどり華やかで、浮かんだ笑みは、しかし数瞬の後にゆっくりと萎んでいく。このクラスではおかずを交換し合う相手もいない。一人で黙々と箸を動かしていると、誰かと一緒に食べるときよりも断然早く食べ終わってしまった。

 下校時、偶然にも前のクラスで仲の良かった友達を下駄箱で見掛けた。私は心に一筋の光が差し込み、自然と綻んでいた顔を、瞬時に引っ込めていた。その子は新しく同じクラスになったであろう子と、靴を履き替えながら楽しそうにお喋りをしていて、私に気付くことなく下校していった。

 翌日になっても、昨日の繰り返しを追体験している感覚だった。休み時間は虚無のような心で過ごした。お昼時もお弁当を食べ終えると、長い時間が余ることが余計に苦痛だった。眠くなんてなかったけれど、寝たふりをして時が過ぎるのを待った。早く休憩時間が終わって、授業が始まってくれればいいのに……。おそらくクラスメイトとは真逆の想いを抱きながら、私は机に突っ伏していた。

 すると不思議なことに、ナルコレプシーのような突然の眠気に襲われて――。


 気が付くとわたしは、――アリスは薄暗い森の中にいました。

 アリスは立ったままバランスを取ろうとしますが、眩暈がしてふらつきます。とても立っていられず、地面に膝と手を付きました。幸いふんわりとした枯草の上で、怪我をすることはありませんでしたが、眠気とは違う体の違和感を感じました。

 アリスは思い出します。自分は確か、教室で狸寝入りをしていて、急激な睡魔に襲われたと思ったら……見知らぬ森にいるのです。

 僅かな光を感じました。

 丁度、朝日が昇り始めたところらしく、徐々に木々が色づくにつれて様々なことが見えてきました。

 そして、自分の両手が少し幼くなっていることにも気が付きました。鏡もないので顔を見ることはかないませんでしたが、長い髪の毛の色もブロンドのようです。制服も幼さが際立った洋服に変わっていました。

 ようやく眩暈も収まると、立ち上がることが出来た視点も低く、幼い女の子になってしまった様子でした。

 でも、アリスは自分が本当は誰か分かっています。綾瀬……名前の方はなぜか思い出せませんが、他の世界の教室にいたことも、ちゃんと記憶しています。そして同時に、自分がアリスだという自覚もありました。

 いったい何が起こっているのでしょうか。現実のわたしは眠ってしまったのだから、これは夢なんだと考えることも出来ます。

 明晰夢という言葉を聞いたことがありました。

 だとしたら、目が覚めるまでは自由気ままに冒険が出来るかもしれません。話し相手もたくさんいるはずです。だって教室とは違うのですから。アリスは途端に嬉しくなって元気が湧き上がってきました。

 気分よく森を歩いていると、不意に頭の上から声が聞こえました。

 アリスはそちらに目を向けましたが、誰もいません。

 あら、どうしてかしら。そうアリスが不思議に思っていると、木の枝の上にゆっくりとニヤついたネコの姿が現れるではありませんか。

 耳から耳まで届くほどに口角をあげてニヤニヤ笑うネコは、現実世界の方で見覚えがあります。

「行きたい場所を言ってごらん」

 驚いているアリスに、そのネコが話しかけてきました。アリスはまだ気後れしていましたが、どうせ夢なんだと気持ちを切り替えました。

「どこでも構わないわ。でも、出来れば心が弾むような楽しい場所に行きたい」

 ネコがニヤニヤ笑いを幅広くして言うには、

「右に行くと薔薇の咲き誇る庭に出るよ。左に行くと事件現場に出るよ」

 お庭ですって!? さぞ素敵なところなんだわ。事件現場なんてぜったいに行きたくないアリスは、意気揚々と右の道を選んで進みました。

「ありがとう。ネコさん」と、お礼の言葉を言い忘れていたアリスが振り向いたときには、すでにその姿はすっかり消えて見えなくなっていました。

 さっきのネコ、どこかで見たことがあるのよね。たしか、そう、不思議の国のアリス。もしかしたらここは不思議の国が舞台の、夢の中なのかもしれないわ。

 アリスは自分の名前がアリスであることも含めて、確信を持つのでした。

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