AFTER the COLLAPSE -Scraps of pseudepigrapha-
ふなさかちひろ
ある男の夢想
午後11時45分。
モニターだけが青白く光る部屋に、一人の男が音もなく入って来た。
15分前行動を是とする糞真面目なこの男は、入るなりモニターの前に座り、5,6回程画面を操作する。
モニターに映し出されたのは、1枚の写真。一面真白に染まった銀世界。
数秒、男はその画面を見つめた後、小さくため息をついて再び画面を操作する。
次に映し出されたのは、四季折々の花畑。
もう一度操作する。木が生い茂る森。
もう一度。人々が行き交うビル街。
再度。水の中を泳ぐ魚の群れ。
どこまでも続く青い海。
見渡す限りの草原。
聳え立つ山。
温泉。
この世界における数少ない娯楽である酒を飲むことも、ましてや女を買うこともしない。それ程迄に糞真面目な男が持つたった一つの趣味は、写真を───その目で一度も見たことのない景色を───ただ眺めることだった。
ポップアップしたウィンドウが男の手を止めた。
本来男がこの部屋に居るのは写真を眺めて悦に浸るためではない。
そもそもこの部屋は男の部屋でもなければ、誰かが簡単に立ち入れる部屋でもない。ここはUGN、その中でも厚い信頼を得た一握りのエージェントしか立ち入ることの出来ない、過去を知ることが出来る場所だ。
午前0時丁度。きっかり1秒のズレもなく、仕事の指令が男へ届く。
一度も会ったことの無い送り主の名前を確認し、指令を開き、内容を頭に叩き込む。いつも通り…否、いつも以上に困難が予想されるミッションを通達された男は、文句を言うこともなくウィンドウを閉じた。
これ以上ここに用は無いとばかりに腰を上げた男は、ふと何かを思い立ったと思うと、もう一度だけ画面を操作した。
画面に映し出される青のグラデーション。雲ひとつ無い青空だった。
男はそれを見て一瞬だけ顔をくしゃっとさせ、それから一言だけ呟いて背を向ける。
「必ず」
硬い決意を込めた言葉を残して、男は彼にしか出来ない仕事を成しに往く。
AFTER the COLLAPSE -Scraps of pseudepigrapha- ふなさかちひろ @funasaka_chihiro
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