怪7





 本邸からやってきた使用人達によって公爵が運ばれていった後で、それを見送って立ち尽くすアメリアの隣にふっと花子が現れた。


「あっはっはっ! いい気味!」


 アメリアは驚いて身を引いた。


「い、今のは……あなたの仕業なの!?」


 信じがたいことだが、今、花子は突然に姿を現した。小さな少女の姿をしているのに、アメリアの目には急に花子が恐ろしいものに見えだした。


「そうよ。あたしがちょっと驚かせてやったの。だって、ムカついたんだもの」


 花子は悪びれることなく言う。


「ああいうの、昭和にはよくいた親父だけれど、令和の世ではもう許されないわよ! 虐待よ、虐待!」


 花子はそう言って床を蹴った。すると、その体がふわりと宙に浮かび上がった。


「きゃ……」

「怖がらないでよ。大丈夫、あなたには何もしないから」


 花子はふっと目を細めて微笑んだ。そうすると、幼いはずの表情にふわりと落花の色香が含まれて、アメリアはぞくっと背を震わせた。


「あ、あなたは、いったい……」

「何度も言っているじゃない。あたしは花子。トイレの花子さんよ」


 アメリアはおそるおそる尋ねた。


「あなたは、人間ではないのですか……?」


 思えば、貴族の子息子女が通う学園に、易々と部外者が侵入できるはずがない。花子が学園のトイレにいたことを、もっと疑問に思うべきだった。


 アメリアは今さら恐怖を感じて後ずさった。


「な、何が目的ですの……?」

「だから、あたしは日本に帰りたいの! でも、あたし一人では帰れないのよ。仲間達を捕まえて、力を合わせないと異世界を渡るエネルギーは出せないの」


 花子はむすっと頬を膨らませた。そうすると、愛らしい子供に見えるのに、相変わらずその体は宙に浮かんでいる。


「怖がらないで聞いてちょうだい。あたし達が何故、日本にいられなくなったのか。何故、異世界へ引っ越す決意をしたのかを——」


 眉を曇らせた花子を見て、アメリアは恐怖が薄れるのを感じた。


(そうだわ。何があったのかわからなくても、花子さんを助けると決めたのはわたくしだもの、協力すると約束したのだもの、約束を違える訳にはいかないわ)


 公爵令嬢たるもの、一度すると言ったことをせずに投げ出すなど、あってはならないことだ。


「わかりました。お聞かせください。どうして、花子さんがこの世界へ来たのかを」


 覚悟を決めたアメリアに、花子はこくりと頷いて見せた。



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