有能なオレ将軍、大貴族のお嬢さまにつきまとわれながら、直観と戦術を駆使して敵の大軍に挑む!

半濁天゜

第1話

「北に斥候隊を派遣するなんて正気ですか、作戦行動中なんですよ将軍!?」


 副官のシャリーが大声をあげる。ランプの炎がたじろいで、野営テントに影が踊る。シャリーは黄金の髪を結いあげ、きらびやかな鎧に身を包んでいる。まったく、なんて場違いな。


「ああ、この件は何かおかしい」


 ”隣村への行商から戻ったら、村人が皆殺しにされていた”と、村女が助けを求めてきたのが数時間前。北にあるその村から、行商の馬車で二日、走りつづけてきたという。オレが直接その女を尋問したが、どうにも嫌な予感がする。


「国境近くの寒村が襲われるなんてよくあることです。敵の陽動や足止めの可能性だってあるんですよ」


「盗賊や山賊なら、食料や金品目当てだ。ご丁寧に火も使わず、村人全てを斬り殺す理由がない。陽動などにしてもそうだ。オレたちを釣るなら、まずエサを見せないと。敵の存在が我々に伝わらなければ意味がない。皆殺しはその真逆だ。戦術価値ゼロの村人を殺してなんになる? 建前では守るべき村人だが、本音では足手まといのお荷物だ。皆殺しにされて困るのは、我々ではない、徴税官の連中だろう?」

「それは……」


 シャリーが美しい眉根を寄せて、綺麗な瞳を曇らせる。


「この殺戮を行った連中は、秘密裏に村を滅ぼしたかった。つまり我々に知られたくなかったんだ。なら、その理由を暴きたくなるのが人情ってものじゃないか?」


 場を和ませようと、少しおどけてみせる。しかし、石頭の副官殿は、


「それでも今は……イーストリアとの決戦に備え、東の大平原に集結せよとの命令が、最優先事項のはずです」

「だから、まずは斥候隊で我慢してるんだ。それにこれはオレの直観だが。この対応次第で、その決戦とやらに負けるかもしれないぜ、我が国は」

「でも、軍人にとって命令は絶対です……」


 あーもう、可愛いなチクショウめ。可愛すぎて今すぐ王都に送り返したいところだ。だが、そんなことをすればここに戻ってくるために、どんな無茶をしでかすか……くそっ。


「おいおい、いつまで士官候補生気分でいるんだ。オレたちの、将軍や副官って肩書きはなんのためにある? いざって時に、命令が間違っていた時に、現場の判断でそれを破るためにあるんだぜ?」

「そんなの……わかっています……」


 勝ち気な目許に涙をにじませ、頬を真っ赤にして言うセリフかね。この大貴族のお嬢さまは。まったく……。



 遠く北にのびる山脈が、宵の闇に消えていく。その遙か彼方の山麓

に。街道がのびる山間やまあいに、点々と小さな灯りがひしめきあう。


 反対の、南側に目をやると。町十個ぶんくらい離れた場所で、ボクたち第三師団が野営をしている。でも灯りの数は敵の三分の一くらい。


 冷たいものがボクの背中を駆けぬける。山頂とは言え、まだ九月の頭だ。なのにさっきから体の震えが止まらない。


 敵が見えたらなにもするな。見えなかったらランタンの光で合図しろ。それが、誰かが駆け込んできたって噂になった日の翌朝、ボクらに与えられた任務だった。将軍は敵がいることを半ば確信していたんだ……。



 昨夜、少し北の山、その山頂に向かわせた斥候隊から合図はなかった。北の街道を行かせた隊は、まだ戻らない。おそらくもう戻ってはこないだろう。


 決まりだ。オレはオレの直観を信じ腹をくくった! 兵は拙速を尊ぶ。万事確信を得てから動いていては手遅れになる……。


「全軍。大街道を外れ、北の街道へ転進する。北のノースランド。商人どもの小国が、イーストリアと手を組んで喧嘩を売りにくる気らしい。手ぶらで帰しては失礼だ。ケツの毛まで買い叩いてやるぞ!」


 野営テントに集めた部下を鼓舞するように、


「イーストリアは我が方と同じく、東の大平原に集結中だ。お互いにまだ動けはしない。だが集結を優先し、ノースランドに挟撃されてはたまらない。まずは商人どもから踏み潰す! 北へ少し進んだ、街道ちかくの丘。その陰に兵を潜め奇襲をかける!」


「それなら更に進んで、街道が谷に入ったところ。その崖の上に布陣した方がよくないですか?」

「シャリー、敵だって斥候をだして進路の状況を探っているさ。特にそんな怪しい場所は念入りにな。だからこそ、谷を抜けたら心に隙がうまれる。そこを突くんだ!」


 シャリーが唇を噛みしめ目を伏せる。部下たちの間にやれやれといった空気が流れる。済まないな。だがこれもお前のためだ。


「二日だ。二日で街道から見えない丘の死角に、柵を巡らし砦をつくる。丘の表は気合いで守るしかないが、裏側は随分楽になるだろう」


 敵も強行軍だろうが、大軍になればなるほど、その足は遅くなる。運がよければ三日くらいは時間があるかもしれない。


「シャリー。お前は東の大平原に先行する、ヒゲの第四師団にいけ。あの日和見ヒゲの首に縄をつけてでも、こちら側に引っ張ってこい!」

「そんなっ!? そんな伝令、副官の任務ではありません!」


「あのヒゲに、集結命令を破るほどの気骨はない。できればオレ直々にいきたいくらいだ。お前が家の名前でもなんでもだして、奴をこちらに連れてくるんだ。そうすれば、次の戦いからはオレの傍にいさせてやる」


 次があれば、な……。


「……わかりました。今の言葉、忘れないでくださいね」

「ああ、約束しよう……。東の大平原にいる元帥と、第一、第二師団にも伝令を送る。だが、距離的にそちらは間に合わないだろう。オレたちと、ヒゲの二個師団だけで敵を追い返す! そう腹をくくっとけ!」


 まあ、ヒゲもあまりアテにはできんがな……。悪いなシャリー。これはオレの直観なんだが、この戦いにお前さんを連れていく訳にはいかなそうなんだわ、これが……。


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カクヨムさま五周年企画

【KAC20213】

お題「直観」

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