引退勇者
スエコウ
元勇者は満天の夜空を見上げる。
魔王は強かった。
平和を守るため、仲間を守るため、死力を尽くして戦った。
そしておれは魔王を倒した。だが代償は大きかった。
命を削るほどに力を使い切ったおれは、魔力を永久に失ってしまった。
……もう勇者じゃない。
おれの武威を当てにしていた貴族連中は、さっさと支援を打ち切っておれを放り出した。すぐのたれ死ぬと思ったんだろう。
冒険の途中で恋仲となり、将来を誓いあった女剣士。おれが並の戦士に成り下がったことを知ると、他の男に寝取られてあっさりおれを捨てた。
必死で守り抜いた仲間たちも、おれが力を失ったと知った途端、手のひらを返した。
異世界召喚されたが、元の世界に戻る気もない……そもそも戻る方法はないらしいが……向こうでも似たような人生だったしな。
そして戦う以外に生きる術を知らないおれは、今日もこうして傭兵稼業で糊口をしのいでいる。
「……ってわけだ」
アキが話し終えると同時に、たきぎがパチンと鳴った。
街道横の広場。行商人のキャラバンが夜営の準備をしている間、アキは焚き火を囲んで商人の子どもたちの相手をしていた。
「つまんなーい」
「もう少しまともなホラ話ないの?」
子供たちが口々に不満を表明する。
「なんだよ、せっかく話してやったのに…」
容赦ない批評にアキは口では文句を返しつつも本気で怒った様子はなく、苦笑いしながら焚き火に枯れ枝を放り込む。端からまともに耳を貸してもらえるなど思ってもいないようだった。
「そもそもさ、今の話…教訓は何?」
子供たちのうち、年長のちょっとませた少年がアキを見つめながら聞いた。蔑むわけでもなく、純粋な好奇心から聞いているようだった。さすが商人の子と言うべきか。どんな与太話からも有益な情報を得ようとする。
「んん、そうだなあ…」
言いかけてアキは、ひょいと片手を振る。その手には矢が握られ、放たれたばかりの矢尻の羽が細かく震えていた。
次の瞬間、怒声と悲鳴があちこちで上がった。野党共の急襲である。斥候がしくじって接近を許したらしい。子供たちがはっと表情を硬化させる。パニックにならないのは立派だ。旅慣れた行商の子らはたくましい。
「教訓の話だったな」
大剣を抜き放って肩に担ぎながら、アキは少年に声をかける。
「どんなクソみたいな人生でもやるべきことは同じ、かな」
焚き火に照らされた少年の顔は青ざめていた。この緊張状態で小難しい話は理解できなかったかもしれない。それでもアキは言葉を続ける。もはや独白に近かった。
「人々を守る、それが『勇者』の仕事だ」
「あんた……じゃあさっきの話は」
「火を消しな、隠れてろ」
少年の問いかけに応えずアキは言う。満天の夜空を見上げたのは闇に目を慣れさせるためか、己の数奇な人生を想ってか。
焚き火に灰がかけられた。唐突に周囲が宵闇に沈み、少年たちの姿が溶けるように夜に消える。後には血の匂いと剣戟の音だけが残された。
凡人なら一歩踏み出すことすらためらう夜の闇。それをなんの迷いなく踏み破り、
凄惨な戦いは夜の帳に慎ましく覆われ、夜空に響くのは諍いの音のみ。中天の三日月は素知らぬ顔で、冴えざえとか細い光を注いでいた。
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