第12話

私は外の市場へお昼の買い物へ出かけた。


身バレ防止のため、眼鏡でもかけようかと思ったが、街中で眼鏡をかけてる人は誰も居ない。


そんな中1人眼鏡をかけていると余計に目立つのでは?


後になって分かったのは、眼鏡も高級品であり、上流階級でなければ手に入らないそうだ。


なので私は結局そのまま市場へ向かう事にした。

まあ、髪もボサボサでみすぼらしい、貧乏な女の子くらいに見られてるであろう。


「あの、卵とパンとベーコンを下さい。」


私はおずおずと注文して、辿々しくお金を出した。


今朝フードの少年に出そうとした額は高すぎたので、今度はお札1枚だけ出してみる。


市場の叔母さんはそれを受け取り、お釣りのコインと商品を渡してくれた。


「やった、買い物出来た…!」

と喜んでるのも束の間。


「それって本当?」

「ありえないわよね」

というヒソヒソ話が耳に入ってきた。


「ステラお嬢様、レオルド伯爵様の婚約を蹴ったんですって」


「え?」

そこにはまたしても私の知らない情報だった。


「あーあ、どうせならステラお嬢様なんかより、私の方がレオルド伯爵様とお付き合いしたいわよ。」

「あんたじゃどうせ無理ね。」


そんな女性たちの声を他所に私は急いで新聞屋に戻った。


「アルデーレおじさん!大変!」


私は新聞屋に入ると同時に叫んだ。


「ああ、今丁度テレビで見たよ。」 


「ばっちりあんたの父さんと義母さんの謝罪会見をな。」


謝罪会見、そんなものが開かれていたのか。


「それに、私の婚約者も、ドレッド伯爵の甥っ子のレオルド伯爵に変わっていたのよ!」


「ああ、恐らくドレッド伯爵とアルミール公爵は組んでたんだろうな。」


レオルド・ベイカー伯爵と言えば、容姿端麗な上私と同じ16歳と言う若さで馬術、剣術、全てにおいてトップクラスで伯爵の座まで上り詰めた若き天才と謳われる人物だ。


しかも、性格も温和で優しく、女性から非常に人気が高い。


そんな彼の婚約者として、私の名前があげられるとは、そして私がその婚約を蹴った悪女となっているとは。


「どうしよう、アルデーレおじさん!」



私の焦りとは裏腹に、アルデーレおじさんはふう、とキセルをふかしていた。

もう紙にペンを走らせてはいなかった。


「おじさん、もう書くのは終わったのですか?」


「いや、テレビで言われちゃあ、もう新聞で何と書こうが世間は見てくれないね。」


おじさんはしてやられたかの様に項垂れていた。


「え、どうして?」


「テレビが世間に普及したこの数年でみんな新聞はあまりとらなくなっちまったのさ。それでも新聞からネタが入って、後からテレビで拡散される事もあるが…


しかし、あまりにも情報が早すぎるな。」


アルデーレおじさんはそう恨めしそうにテレビを睨みつける。


「百聞は一見にしかず、とはよく言うよ。テレビなら字を読まなくても新聞以上の情報を届ける事が出来る。

…これはあくまで俺の推測だが、恐らくアルミール家はテレビ会社を買ってるな。」


「え?そうなの?」

私は驚く。


「ああ、そうでもなければこんな都合良く謝罪会見なんて流れないだろ?

お嬢さん、あんたは今日の正午ドレッド伯爵と対面すると言っていたよな?」


「はい。そう昨日父に言われたので。」


「今はまだ午後1時半だ。記者たちを呼んで駆けつけるにしては早すぎる。

恐らく最初からお嬢さんが逃げる前提で、記者たちを呼んでいたのだろう。」


テレビに映ると言うことは、即ちカメラなど色々な道具を現地に運ばなければいけない。


そしてカメラはとても大きく、とても貴重な物で、持ち運ぶには細心の注意が必要だ。


「テレビ会社はここから更に北の街だ。汽車で片道3時間はかかる。

そして今は午後の1時半だ。午後丁度にお嬢さんが居なかったとしても、まだ1時間足らずしか経っていない。

つまり、最初から記者はお屋敷に居たんだろう。」


「でも、私が逃げなかったら?」


「そしたら今度はあんたと伯爵様が婚約とデカデカとニュースにするだけだ。

あんたが逃げようが逃げまいが、最初からテレビのネタにする気だったんだろうよ。」


「まあ、公爵直々の情報ならテレビ会社も信用するだろうし、恐らく濃厚な関係かもしくはもうテレビ会社を買っているから出来たことだろうな。」


まだ普及し始めたばかりのテレビ会社を買うということは。



それは、あまりにも強すぎる権力ではないのだろうか?


「それって、つまり、アルデーレおじさんではもう対処出来ないということですか?」


私は瞳から溢れそうになる涙を必死に堪える。


あと少しだったのに…!


このままアルデーレおじさんが記事を書いて新聞を出したところで、民衆はテレビで語られた方を信じてしまうだろう。


新聞は紙に書かれたただの文字に過ぎない。


どうすれば?


絶望する私に、しかしアルデーレおじさんは頭をガシガシと書いてまた筆を取った。


「アルデーレおじさん、もう書いても…」


私の言葉を遮りアルデーレおじさんは続けた。


「まあ、ステラ・アルミールお嬢様からの直々の依頼を無下にする訳にはいかん。

それに、俺にも協力な仲間がいるからな。」


アルデーレおじさんはそう言ってニッと笑ってみせた。

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