高級料理と大衆料理


「なあ、レン。もし、仮に君らの世界で売るとしたら、このラメンにいくらの値段をつけるかね?」


 私はレンに聞いてみた。


「うーん、そうだな……。一杯、千……いや、二千円は貰わないとやってけない」


「その値段では、ラメンは売れないのか?」


「一応、二千円超えの『高級ラーメン』ってジャンルもなくはない。けれど、よっぽどの有名人がプロデュースして、その上で宣伝が上手くいかないと、新規の店はまあ潰れる」


「そ、そうか……。二千円のラメンでは、店は潰れてしまうか!」


 二千円。勤め人の昼食四回分。

 技術を駆使くしして材料にこだわった美味しいラメンならば、その値段でも安いと思うがなぁ……。

 もっともこの辺りの感覚は、元から高級料理として認識していた私たちと、大衆料理としてラメンを扱ってきたレンたちとの差なのだろう。


 ブラドがレンの前に立ち、真剣な顔で言う。


「レンさん……どうでしょう。これが、今の僕の精一杯です。このラメンで僕は、あなたの『好敵手ライバル』になれましたか!?」


 レンは白い歯をニカっと見せて、手を差し出して言う。


「もちろんだよ! ブラドは、とんでもなく手ごわいライバルだ。あんかけを使った二重底に、イカとバジルの組み合わせ。どちらも俺の頭にはない、斬新な発想だった! こりゃあ、俺もウカウカしてられねえな」


 ブラドは目に薄く涙を浮かべながら、レンの手を固く握った。


「レ、レンさん……! 必死で頑張った甲斐かいがあります、ありがとうございます!」


「ああ。俺も負けねえぞ、ブラド! もっともっと、美味いラーメンを作ってやるからな」


 ラメンシェフ同士、男と男の熱き友情に、オーリが鼻をグスグスと鳴らす。


「……俺っちは嬉しいぜ。ブラド、お前の才能を見出した俺の目は、そして舌は確かだった! チッキショウ、おめえは本当に自慢の息子だよ! ドワーフの名にかけてなぁ……!」


 マリアがニコニコしながら、レンに言う。


「ねえ、レンさん。ブラド兄ちゃんのラメンに、なにかアドバイスしてあげてよ」


「アドバイスか? そうだな。このままでも商品になる完成度なんだが……」


 レンは腕組みをして考え込んだ。

 しばらくしてから、彼は言う。


「……味が変わる直前、ほんの一瞬だけスープの味がダレていた。きっと、蓋の役目の無味のあんかけがスープに溶けたせいだろう。それとわずかだが、醤油とバジルのあんかけの溶け残りが気になった」


 ブラドがハッとして言う。


「な、なるほど! 言われてみれば、確かにそれは欠点ですね」


「あんかけじゃなくて、ゼラチンを使ったらどうだ? これなら、溶け残る心配はないだろう」


「でも、ゼラチンではスープの熱で、すぐに溶けてしまいませんか?」


「……うーん。溶けるな」


 二人はそろって天井を見上げ、考え込む。

 と、レンがポンと手を打った。


「お、そうだ! ならば醤油とバジルのゼリーを底に置き、その上から冷めたあんかけで蓋をしたらどうだ!?」


「ああ、それならいけますね! その分、スープを熱々にすれば、ラメンが冷める心配もありません」


「さらに蓋のあんかけには、少量の胡椒こしょうを混ぜておく! そうすれば、溶けだすと同時にスープの味がピリっと引き締まり、変化がついて食べやすくなるんじゃねえかな?」


「アンカケに胡椒を……す、すごい。勉強になります!」


「胡椒の濃さやあんかけの量、ゼラチンが溶けるまでの時間は、何度か試して最適なバランスを突き止める必要あるけどな。なあに、ブラドならすぐに完成させられる。センス良いからなぁ」


 レンがニヤリと笑った。

 ブラドは、真っ直ぐに頭を下げる。


「ありがとうございます、レンさん! ラメンの完成度が高まります! ようし、マリア。僕たちの『黄金のメンマ亭』は、これから『ショーユラメン』と『シオラメン』、そして『ギョーザ』の三品で行こう!」


「うん、兄ちゃん! あたしもギョーザ、頑張っていっぱい作るわね!」


 新しいラメンや店の計画について話す彼らは、実に楽しそうだった……。

 はしゃぐ彼らを見て、私はオーリにウインクする。

 彼の目も、嬉しそうに細められていた。


 今や『転生版タイショのラメン』で、店は連日の大盛況だいせいきょうである。

 ギョーザはすでに食通の間で評判になっていたし、シオラメンもすぐ噂になることだろう。

 他のラメンレストランが、それを黙って見ているはずがない。

 もうすぐだ。

 ……もうすぐ、激動の時代がやって来るッ!

 ブラドという天才料理人の手によって、この世界のラメンもついに『変遷へんせんの道』を歩み出す。

 私の胸は、かつてないほどドキドキと激しく高鳴っていた。

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