この世界の『ミソ』

 と、オーリが真っ先に手を伸ばす。


「ちょ、ちょっと舐めてみてもいいかよ!?」


 むむ、さすがはオーリ……私より先に、これを舐める気になるとはな。

 レンがスプーンを差し出す。


「ああ、いいぜ。ほら、これ使ってくれよ」


 オーリは『ミソ』をすくい取ると、口へと入れる。

 そして、目をカッと見開いた。


「おおっ!? 驚くほど深い味だ、こりゃあウメえや!」


 私もレンからスプーンを受け取り、負けじと手を伸ばす。


「なるほど……匂いが独特で好き嫌いがわかれるだろうが、熟成された濃厚なしょっぱさは、我々のような珍しもの好きの食通には堪らん味だ」


 ブラドとマリアも、ミソを舐める。


「ものすごく複雑な旨味が凝縮されてますね。直接舐めてこれだけ美味しければ、スープに入れるだけじゃなく、チャーシュやニタマゴにも使えそうです」


「生の野菜にも合いそうだわ。ズッキーニとかキャベツにつけて、ポリポリ食べても美味しそう!」


 レンが高笑いする。


「あーっはっは! すげえだろ、味噌は!? 味噌の旨味成分はグルタミン酸! 化調と同じなんだから、そりゃあラーメンとは相性抜群さ! 味噌をベースにした味噌ラーメンは、俺らの世界じゃ醤油、塩、豚骨に並ぶ定番メニューだ……味噌汁やラーメンのスープはもちろんのこと、卵黄や豆腐を漬け込んで味噌漬けにしたり、カレーやデミグラスソースに混ぜて手軽にコクを出したりと、なんにでも使える!」


 ブラドが感心した声を出す。


「へえ、応用力の高い調味料なんですねえ」


「味噌は、油とも相性いいからな。ナスの油炒めの味付けや、ひき肉と混ぜて肉味噌にしたってウマい。シンプルに朴葉ほおばに載せて焼いて、酒のつまみにするのもいい……それに味だけじゃなく、健康効果もすげえんだぞ? たんぱく質やビタミン、ミネラルが豊富に含まれてて、美容や健康にもいいんだ! 味噌は俺たち日本人が誇るべき、世界最高峰の発酵食品よぉっ!」


 ナスの油炒めに、ひき肉を混ぜた肉味噌……それに、酒のつまみにもイケるのか。

 聞いてるだけで涎が出そうだな!

 ブラドが味噌を見つめて言う。


「本当に……レンさんの世界には、色々な調味料があるんですね。ラメンシェフとして、羨ましい限りです」


 私は、ごほんと咳払いする。


「あー。それについてだが……ブラド君。実は私、こちらの世界での『ミソ』に心当たりがあるのだよ」


「ええっ!?」


 皆の視線が、一斉に集中する。


「私の友人に、テンザンと言う剣士がいる。極東の島国出身なのだが、彼の故郷には大豆を発酵させた調味料があるらしい。口数の少ない男だが、思い起こせば彼の話した味や見た目は、ミソにそっくりでな……なんと、名前も似ていて『ミシャウ』と言うそうだ。詳しい話はしっかり聞いてみないとわからんが、もしかすると、もしかするかもしれんぞ?」


 実際、このスープのベースが『大豆を発酵させたものだ』と私が看破かんぱしたのも、テンザンにミシャウの話を聞いて、いつか食べたいと覚えていたからだ。

 レンが、興味深げな顔をした。


「そりゃすげえ! ……けど、偶然の一致にしては、少しできすぎた話だな」


 私は頷く。


「ああ、私もそう思う。なんでも彼の剣技やその調味料は、数百年前に『異界からの来訪者』によってもたらされたという事だよ。もしかしたら、君やタイショのような『世界を超える者たち』は、他にもいたのかもしれないね……」

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