衝撃の『ラメン』

 ブラドが身を乗り出す。


「……わかった? 僕らのラメンに何が足りないのか、わかったのですか? ならばレンさん、教えてください!」


 しかし、レンは首を振る。


「いいや、今すぐには教えられねえ。そうだな、百聞は一見にしかずって言うし……三日後だ。三日後に、またこの路地に来てくれよ。そこで、俺の出すラーメンを食ってくれ」


 私たちは、顔を見合わせうなずいた。


「ようし、三日後だな。わかった、みんなで集まろう」


 と、マリアが手を挙げる。


「はーい! それって、あたしも行っていいの?」


 レンがニカッと笑う。


「もちろんだ! 材料はたっぷり用意しとく。というよりあれは、『たっぷり用意しないとできないラーメン』だからな……ぜひ、あんたも食いに来てくれ」


 つられてマリアも、ふふっと笑う。


「レンさんって、タイショさんとはタイプが違うけど、男らしくてとっても素敵ね。その頭の白い布も、腕を組んだポーズも、ミステリアスで魅力的だわ」


 褒められたレンは、赤面して腕組みする。

 マリアはウインクしながら、明るい調子で言った。


「ねえ、レンさん。あたしの名前はマリアよ。これからは、そう名前で呼んでくれる?」


 レンは一瞬だけ言葉につまったが、どもりながらもマリアを名前で呼んだ。


「あ、ああ……わ、わかったぜ……マリア」


 オーリが立ち上がりながら、自分の子供たちの肩を叩く。


「そんじゃ三日後の夜に、またここでな……お前ら、今日も店を開けるんだろ? そろそろ撤収てっしゅうしないと、寝不足で倒れちまうぞ! おい、レン。三日後、とびっきり美味いラメンを期待してるからな!」


 そう言うと彼は、ブラドとマリアを連れて帰っていった。

 さて、私も帰ろうと、立ち上がる。


「では、私もそろそろおいとましようかな……って……レン? どうしたのだ?」


 ふとレンを見ると、手を振りながら遠ざかるマリアへと、ジッと視線を送っている。


「……おい、レン。おーい! もしもーし!?」


 彼の目の前で手をヒラヒラさせると、ようやくハッと気付いて向き直る。


「あっ!? ああ……なんだい、リンスィールさん?」


「いや、だからだな。私もそろそろ帰るから、それじゃあなって言っているのだよ」


 レンは咳ばらいをひとつしてから、ヤタイの椅子を片付け始めた。


「ごほん! そうかよ……それじゃ、おやすみ、リンスィールさん……三日後、またな……」


 ……な、なんだ。

 よくわからんがレンのやつ、さっきと打って変わって元気がなくなってしまったなぁ。


「どうしたのだ、レンよ。大丈夫か? 悩みがあるなら、相談にのるぞ」


 私がおずおずそう言うと、レンは真剣な表情で口を開きかける。

 だが、すぐに黙って首を振り、ヤタイの片付けへと戻ってしまう……。

 私はレンを心配しながらも、それ以上は声をかけられず、その日は家へと帰ったのだった。



 ……そして、三日後の夜である。 

 目の前に出されたドンブリを見て、私は驚愕きょうがくで固まった。

 それは隣にいるオーリや、その向こうにいるブラドとマリアも同じであろう。

 前回の『ペジポタケイ』とやらも驚いたが……今回のインパクトは、あの時以上だ!


 ドンブリには、こぼれ落ちそうなほど大量の野菜が乗っている。その下から見え隠れするのは、常識外れに分厚く切り取られたチャーシュだ。脂身の部分がずいぶん多い。さらには大量のニンニクみじん切り……メンは見えない。

 ドンブリは野菜と豚肉とニンニクに、完全に覆いつくされているからだ。

 文字通りに『山と盛られた』野菜を見て、私は内心で声を上げる。 


 は、められたっ!?

 なんということだ……恐るべし、『ヤサイマシマシニンニクアブラ』っ!


 先ほどレンに、「リンスィールさん、どれくらい食えるよ?」と聞かれた。

 私は、「美味いラメンならいくらでも食える」と答えた。

 次に、「ニンニクは好きか?」と聞かれたので、「ラメンにニンニクにつきものだろう」と言った。

 そしたらレンが「アブラは好きかい?」と問うたので、「ラメンのアブラは旨味の元だ」と答えた。

 続けて、「しょっぱい方が好きかな?」と言うので、私が「嫌いではないが、素材を見極めるには濃い味は邪魔になろう」と述べると、


「じゃあ、『ヤサイマシマシニンニクアブラ』だな……ほら、コールしてみ?」


 と言ったので、私はわけもわからずに


「ああ……『ヤサイマシマシニンニクアブラ』……これでいいのか?」


 とそのまま応じた。その後、オーリが真似して同じようにコールして、ブラドも同様にコールした。マリアも面白がってコールしようとしたのだが、そしたらレンが真剣な顔で、


「いやいや、マリアはコールしない方がいい」


 と慌てて止めた。

 その時に、「あれれ、なんだかおかしいぞ?」と気づくべきであった。

 レンがいつもの腕組みポーズで、高らかに声を上げる。


「こいつは、『二郎系』ってジャンルのラーメンだ! 見ればわかるだろうが、このあふれんばかりのボリューム感が特徴だな。ちなみに、二郎系でラーメンを残す事は禁じられてる。上の野菜、モヤシとキャベツは店のサービス、無料で追加される心意気だからだ。さあ、冷めないうちに食ってくれっ!」


 ……いやいや、食ってくれじゃねえよっ!

 なんだよ、この量!?


 全員がそう思ったに違いないが、やっぱり味も気になるし、とにかく食わねば話にならぬ。

 私たちはワリバシを手に取り、パチンと割るとドンブリにズボッと突っ込んだ。

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