僕と先生

デトロイトのボブ

僕と先生

 01





 時の流れは残酷だ、どんなに足掻こうとしても彼らは足を止めることはしない。そのことに気づいたのは中学生の頃だ。

 当時、俺は他の男子生徒たちよりも背が小さくて女の子みたい顔がコンプレックスだった。背が小さく、顔が男らしくないということで同級生から愛玩動物のような扱いを受けていた。





「本当お前は可愛いな〜」







「辞めて、撫でないでよ……」





 入学して初めて出来た友達、西村はよく自分の膝に俺を乗せていた。まるで猫や犬を撫でるように髪の毛一本一本を手で絡ませながら、頭を撫でていた。その光景を見ていた周囲は誰も止めはせずにおふざけの一種として見つめた。俺は嫌だったが自分より背が一回りも大きい奴に歯向かうことが、どれだけ恐ろしいことがわかっていたから拒否することは出来なかった。





(……何で西村は俺が膝に座っているだけでアレが変化するんだ?)





 性に対して理解が無かった俺は彼の下半身が意志を持ったことに疑問に思っていた。だが、ある程度時間が経ったことでそれについて理解を得た俺は自然と西村から離れた。



 ―――――

 ―――――――



 中学時代の俺は自分の顔が嫌いだった。好きになった人に告白をしても顔を理由にして断られることが多く、プライドがズタボロだった。





(……そうだ、またサッカー部に入ればきっとみんな俺を見直してくれるかもしれない!)





 小学校時代に少年サッカーチームに入っていた経験があった俺は部活に入ることを決意した。俺が入学したサッカー部は県大会に出れるほどの実力があり、入部した連中もプロサッカーチームの下部組織に所属していた実力者揃いだった。

 練習は過酷だったが、中学に入学した当初みたいな扱いは次第に無くなっていた。しかし、先輩からは凄く可愛がられた。愛玩動物としてではなく、先輩後輩という関係としてということは理解していた。だけど心のどこかで嫌がる自分がいたことに気づいたとき、俺はあの人と出会ってしまった。







「まだ部室にいたのね、早く帰りなさい高柳くん」





 サッカー部副顧問 明石雪葉は男女問わず人気のある先生だった。綺麗な顔に見合わず、男らしい性格で例え男子であっても引かない姿勢は当時の俺にとって新鮮でしかなかった。透き通るような声で、生徒に的確な指示を出して勝利に導く。チームメイトたちからは勝利の女神というあだ名をつけられた。そのあだ名をつけられて恥ずかしがる先生はとても可愛らしかった。

 可愛い一面を見せながらも、授業や部活では決して手を抜かない姿は俺の目からは大人ぽく見えていた。



(どうしたら先生みたいな人になれるんだろう。先生に聞いてみたい)





 馬鹿な俺はチームメイトが先に帰ったあと、わざと部室に残って先生に質問をしようと考えた。きっと笑われるだろうと思ったままで。





「……先生に質問があって部室に残ってました」





「勉強以外なら答えてあげる。なに言ってごらん?」





 明石先生は笑顔で俺の問いを待っていた。ここで質問をしなければ俺は間違いを起こすことは無かったのに、コンプレックスだらけだった俺は先生に聞いてしまった。







「どうしたら先生みたいに大人ぽくなれるんですか? ……僕、自分の顔が昔から嫌いで」





「大人ぽくかぁ、私はまだまだ他の先生たちと比べると子供だよ。別にそんな気にしなくてもいいのに。可愛い顔も君の個性だからちゃんと大事にしなさい」





 彼女はそう言い残して、部活を去ろうとしたが俺は引き止めた。







「このままじゃ嫌なんです、僕は男らしくなってバカにしてきた皆を見返したくて……」





 小学校からずっとずっと顔に関してイジメを受けていた。男らしくない、オカマ野郎と悪口を言われ続け、どんなに努力をしても結局は愛玩動物止まり。俺にとって大人ぽいとは自分より背が高い人間に一歩も引かず、心が強い人という認識だった。だから先生は俺にとって憧れに近かった。





「……そっか、泣いちゃうほど気にしてたんだね。大丈夫、私が高柳くんを大人にしてあげるよ」





 涙を手で拭き取り、先生は俺を優しく抱きしめてくれた。絹糸のように手入れがされた長い髪の毛がくすぐったかったことを覚えている。俺を見つめる彼女の瞳は慈愛に満ちており、気がつくと俺は体を託すことを許してしまった。




 02





 明石先生は俺が二年生に上がったのと同時に他の学校に移動してしまった。普通は会えないことを悲しまなくてはならないが、俺は違った。




「明石先生、俺ついにレギュラーになることが出来ました!」




「凄いじゃない! ずっと努力してたもんね」




 先生から住所と連絡先を聞いていた俺は休みの日に家に遊びに行っていた。先生の家で勉強を教わったあとはいつも秘密のレッスンを受けていた。




「ねぇ弘人くん。私のお願い……聞いてくれる?」





「勿論です! 何でも聞きますよ!」





「私のために女装してほしいの、……嫌ならいいんだよ断っても」





 申し訳なさそうな顔をして先生が持っていたのはドン・キホーテで売ってそうなコスプレ用のセーラー服だった。一回だけ、そう決めて俺は女装することにした。先生から手渡されたのはセーラー服と可愛らしいリボンがついた女の物のパンツ、あれだけ女の子扱いをされるのが嫌だったのに俺は快く受け取ってしまった。





(先生は俺のコンプレックスを無くしてくれた。だからお返ししないと、先生は可愛い俺が好きなんだから……)






「これが大人になることなんですね、先生」







「……そうよ、よくわかってきたね。弘人くんは物分りがよくて好きよ私」





 制服からはみ出ていた鎖骨を指でなぞりながら、スカートから出していた白くて細い太ももを先生は優しく舐めた。

 先生は俺を愛してると言ってくれた。俺が同年代の女の子に目が行かないように、大人の階段を一個ずつ登らせてくれた。とても気持ちよくて、満足だったのに俺は冷めた目で彼女を見ていた。知らなくても良い事を知る権利を俺は得てしまった。









 03





 三年生に上がり、俺は身長が十センチも伸びた。体格も大きくなり、サッカーでも体で負けることは無くなっていた。

 体が大きくなっても先生の要望通り女装を続けた、あれだけ恥ずかしがっていたのに慣れというものは恐ろしくて気がつくと女の子そのものになってしまった。いつものように休日に出会い、ルーティンとなってしまった行為を終えたあと先生は窓を開けてタバコを吸い始めた。





「ねぇ、弘人」







「なに先生……」







「私たち別れよっか」







 初めて体を重ねたあの時のように優しく微笑もうとするが、目から大粒の涙を零したことで先生は偽りの仮面を外した。







「どうして、俺が成長したから? 可愛いくなくなったから?」







「今でも充分可愛いよ……でもね、このままこの関係を続けたら弘人の為にもならないの。お願いだからわかって」







 余りにも一方的な別れに俺は理解が出来なかった。一週間後に連絡を取ろうとしても、先生の声は聞けなかった。だって当然だ、先生は俺に飽きてしまったんだから。所詮、顔と体狙いだったんだ。もっと早く気づけば良かったのに俺は先生がくれた優しさに甘えてしまった。

 彼女はコンプレックスに塗れた俺を大人にしてくれたけど、知らなくてもいいことを俺に見せつけた。





(俺の純情を返してくれ……)







 俺は失われた三年間を埋めるために好きでもない人間と付き合い、愛し合おうとしたが体の相性が悪かった。彼女との思い出を忘れようとしたが頭から離れることは無かった。最初に体を重ねたとき、慈愛に満ちた目で俺を見つめる先生はとても美しかった、あの思い出を汚したくは……ない。

 ―――――

 ――――――――







 高校卒業前、俺は母校にやって来ていた。俺はサッカーが強い大学に推薦が決まったことで当時の顧問に報告しに来ていた。



(先生と別れてからもう数年が経ったのか……学校を歩く度に彼女と過ごした思い出が蘇る、胸が苦しい)





 もしかしたらと思って来たが現実はやっぱり厳しい。顧問と話をしてから帰ろうとしたその時だった。時の流れは残酷だ、彼らは決して止まることは無いが奇跡は起こしてくれる気まぐれはある。





「……弘人?」




 歳を重ねていても愛していた人の顔はスグわかった。あの時のように女装は出来ないけど愛することは前と同じようにできる、だから俺は告げる。





「ずっと会いたかったよ先生」



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