信じてはいけない
ちょこっと
第1話
目の前には、鍋一杯の茶色。くつくつ煮えるスパイシーな香り。
じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ、お肉。
おたまでかき混ぜながら、私は悩んでいた。
本日の晩御飯。カレーライス。ごくありふれたメニューだ。
が、ここで問題なのは、ルーの味である。
我が家は幼稚園児と小学生の息子達がいる。当然、辛さは甘口が定番だ。
それが、本日のルーは中辛しかなかった。なんてこったい。いつもは小鍋に夫用の中辛を作るから、ルーのストックは甘口2:辛口1位の割合でストックしている。
毎日頑張っててお疲れ気味な私を励ましながら、今日も慌ただしく作ったカレー。ルーを入れた後で、中辛だったと気付いたのだ。
それも、たまには全部甘口でいいかと、鍋一杯に全部ルーを入れた。いつもは小鍋に取り分けるのに、今日に限ってしなかった。
いや、理由は分かっている。疲れているのだ。疲れが溜まっているのだ。そんな時は大体凡ミスをしてしまうものだ。
「はぁーーー、もうマジでマジで無理、無理って言いたい、どうしよ」
おたま片手に絶望するが、だからと言って鍋の中身はどうしようもなく。中辛では子どもの口に辛すぎる。食べないだろう。うむむ。
沈思黙考。兄弟でゲームしている後頭部をちらりとキッチンから覗き見る。
今はゲームに夢中だが、今から新しく作り直す時間は無い。お腹空いたの大合唱が開始されるまで、もうそれほどの猶予はないだろう。
キッチンに収められている材料を、素早く脳内サーチした。
使えそうなもの、蜂蜜、林檎、砂糖、牛乳、チョコレート。
蜂蜜と林檎、これは鉄板ともいえる。カレーが辛い時の緩和に良いだろう。ただ、林檎ってどうやっていれるんだろう? すりおろすの? すりおろして絞るの? 果肉を入れてしまうと恐らく触感が変わってくる。
すりおろした林檎の果肉がザラザラと舌にまとわりつくのはいかがなものかと、私の直観が告げる。
それならば、蜂蜜だ、うん。これは普通に、ぶにゅるっと大匙一杯入れてみる。いい、イイ感じだろう。
次に、直接の甘味、砂糖はどうか。
砂糖片手に暫し。いや、よそう。砂糖のダイレクトアタックは、ちょっと合わない気がする。己を信じろ。
続いて、牛乳。
いい! まろやかさアップだ! シャバシャバになり過ぎない位に気を付けて、牛乳を足した。
いいじゃない。大分まろやかで辛さが緩和されてきた気がする。
残るは、チョコレート。
前にどこかで小耳に挟んだのだ。
カレーにチョコレートをいれるとコクとまろやかさがアップして、とても美味しくなるのだと。
イイ! 隠し味的に入れると聞いたが、確かに良さそうだ。私の直観もGOサインを出した。
板チョコ片手に、そうっと包装を解く。今は期間限定の包み紙なのだ。中々見当たらない目当ての包装紙versionを探す為、随分とお店を回ったものだ。そう、このクトゥルフversionの包み紙をね。大事に保管しておこう。
銀紙に辿りつくと、おもむろに剥く。さーて、どのくらい入れようかな。チョコを入れるとは耳にしたけれど、どのくらい入れるかは分からない。
取り敢えず、適当に割って少しずつ入れてみるか。残ったら食べちゃおう。
チョコのつまみ食いを楽しみに、わくわく板チョコを割る。パキパキ小気味良い音を立てて、チョコの欠片を鍋へ割入れる。
「あーーー! おかあさん、ちょこもってるぅ」
「えっ! これはお料理ようだから、あっ!」
お菓子大好き、耳ざとい下の子が、チョコを割る音に気付いてしまった。
慌てた私。
銀紙から、するりとチョコがすり抜けて、鍋へdive!
「わわっ!」
慌てておたまで掬おうとするが、熱いカレーの中。半分くらい溶けて混ざってしまった。
「おかーさん、どうしたの?」
「……ううん、なんでもない。晩御飯にしよっか」
だ、大丈夫だよね。中辛だし、辛いし、チョコ合うって聞いたし、そもそもどちらも食べられるものだし。
いつもより少なめに盛ったカレーが、食卓に並ぶ。
「いっただっきまーす」
「えー! なんかチョコの味がするー! チョコカレーだー! 変なのーっ」
下の子は面白そうにぱくぱく食べて、上の子はちらっと私を見てから、どこか諦念の表情で黙って食べだす。
ぐっ。
そう、本日のカレー、一口頬張るとまずはチョコレートが強烈に鼻から抜ける。だが、何故か後からカレーの辛さが追っかけてくるという、なんとも摩訶不思議なカレーとなった。
まるで、某お土産の肉味キャラメルの如く。
「次は、失敗しないように頑張るね。ごめんね」
「いいよ、このカレーも面白いじゃん」
上の子の慰めが、深く深く胸に突き刺さる。
己の直観を信じてはならない。
いや、信じるなら念の為にもう一度ググってからにすべきだった。せめて、分量だけでも……
信じてはいけない ちょこっと @tyokotto
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