第156話

「フリック、泳がせていたクランシャフト商会に出向こうと思うのだけど」

 雑務をしていたフリックに声をかけると、

「そろそろ仰ると思っておりました。準備は出来ております」

 私の言葉に驚くことなく、先回りされていた!!

 出来る男だとは思っていたが、ここまで完璧だと嫌味すら出ない。

「用意が良いわね」

「お嬢様が欲しがっていたものが、試作品とはいえ完成したのでしょう。お部屋から奇声が聞こえてきましたよ。なら、次は行動に移られるかと思いまして準備させて頂きました」

 クツクツと笑うフリックに、私は羞恥心で頬を赤らめる。

 喜び勇んで、雄たけびを上げていたのか。

 無意識だったわ。

 気を付けよう。

「んんっ! フリックもこれをかけて頂戴」

「眼鏡ですか? それにしては、度は入ってませんね。フレームの細工は見事ですね。売れますよ」

 手渡した伊達眼鏡をフリックは観察している。

 彫り細工に見えるのは、神言しんごんのスペルだ。

 それも特殊な文字を使っている。

 通常の漢字・平仮名・片仮名で構成したものと、カタカムナ文字で作ったものの2種類がある。

 カタカムナ文字は、実在不明のカタカムナ神社のご神体とされた書物で、独自の文字で綴られた古史古伝の一つである。

 日本語が神言しんごんになるのなら、カタカムナ文字も神言しんごんの一種と捉えることが出来るだろう。

 機能を多く搭載するのであれば、漢字などを使う方が効率が良い。

 機能は少ないが、性能を特化させるならカタカムナ文字の方が良かった。

 一長一短なので、組み合わせて使うことが出来るかはノームの腕次第となる。

 現在も改良を重ねて貰うために、ガツガツ試作品を作って貰っている状態だ。

 話は戻すが、フリックに眼鏡を掛けて貰った。

 眼鏡姿も似合うイケおじになった。

「どう?」

「かけ心地は良いです。普通の伊達眼鏡ではなさそうですが、何も起きませんよ」

 かけただけなら、何も起きなくて当然だ。

「魔力を流してみて」

「畏まりました」

 私の指示にフリックは、伊達眼鏡に魔力を流した。

 すると、丸く目を大きく見開いている。

「これは……。リリアン様が持ち帰ったアレよりも、何倍も優れています。どうやって作ったんですか?」

「それは企業秘密。これ自体は、売る気はないのよ」

 そう答えると、フリックも危険性を察知したのか無言で頷いている。

「他の者に知られれば、色々と厄介と危険が付きまとうかと」

「私もそう思うわ。フリックなら、厄介者をサクッと排除できると思ったから渡したの。利用者登録だけは済ませてね」

 フリックに針を渡す。

 彼は、針を受け取り人差し指に刺して眼鏡に血を垂らした。

 うむ、これで渡した眼鏡はフリックしか使えないようになった。

「これなら、相手の素性や隠したい情報もまるっと覗き見放題! 変装して、クランシャフト商会へ堂々と乗り込んでやろうじゃないの」

「ふふ、変装はリリアン様の十八番ですからね。私も着替えてきます」

「急ぎの仕事はあるかしら?」

「ありません。今のところは私かフェディーラで十分できます」

 頼もしいわ。

 結構な無茶を押し付けたと思っていたけれど、あの程度の難易度の仕事なら私を通す必要も無しと判断出来るところが良い。

 お爺様が、度々王都の自宅を抜け出して放浪しているのもフリックのお陰なのかもしれない。

「30分後に、ホールに集合で良いかしら? 外見が質素に見える馬車の手配もしてね」

「畏まりました」

 そこで話を打ち切り、私は自室へと戻った。

 自室のベッドの上には、ファーセリアが堂々と本を読んでいる。

 ノームはテーブルの上で眼鏡の試作品を作っている。

 ウンディーネとシルフの姿が見えないが、創造神テトラグラマトンのお使いでも頼まれているのだろう。

「これから視察に出かけるわ。この部屋は、わたくしが戻るまで人が入らない様にしてくれるかしら?」

 その言葉に、ファーセリアが顔を上げチラリとこちらを一瞥した。

「それは、燃やして良いということか?」

「燃やすのは、馬鹿ベルトだけにして頂戴。精々、威嚇して追い払う程度で良いわ。従業員には、私が戻るまで入らないように言っておくから、多分誰もこないと思うけれど。侵入しようとするものが居たなら、間者の可能性が高いわね。蟻1匹通さないでね」

「ふむ、それでは面白みが欠ける」

「ファーセリア、面白いかどうかで部屋を燃やすのは止めて頂戴。修繕費も馬鹿にならないんだから」

「あい、分かった。侵入しようとしたものは、外に放り出してから燃やそう」

 全然分かってない!!

 このドS精霊は、燃やす以外の選択肢がないのか?

「……物理的な結界を張れば済む問題じゃない」

「それは、それでつまらん。物が持ち出せぬようにしておいてやる。だから侵入者を燃やさせろ」

 物を取られる心配がないのなら、ファーセリアの意見も一部聞いても良いかも?

 私は、暫し考えた後にファーセリアに是と答えた。

「殺しは無しよ。回復出来る程度に炙るならOK」

「承知した」

 ファーセリアが脅した光の精霊がいるので、多分大丈夫だと思いたい。

 私は、大富豪のお嬢様風な衣装に着替える。

 髪も軽くサイドアップにして、髪色が変わるヘアピンを身に付ければ完成だ。

 メイクは地味っぽさを前面に出して、鑑定眼鏡を着用する。

 これで準備は整った。

 ホールに向かうと、フリックが既にスタンバイしていた。

「お嬢様、準備が整っております」

「では、参りましょうか」

 私達は、クランシャフト商会へと正面から殴り込みに行った。

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