直観の読み方
まきや
第1話
いま目の前でガツガツと飯を喰らっている男。名を
こいつは
「
「食べられるわけ無いでしょ! こんなもん!」
シンヤが看板を見て
今日、律子は別れ話をするためにシンヤを呼び出していた。落ちついたカフェで静かに告げるつもりだったのに、こいつの
「あのさ、いまから遊園地行かない?」
律子の突然の提案にポカンとするシンヤ。
レストランが駄目なら観覧車。あの個室なら落ちついて別れを告げられる。それが律子の次のプランだった。
「こっち!」
遊園地の中、律子がシンヤの腕を強引に引っ張った。
「な、なんか今日は大胆だね、律っちゃん」
シンヤが頬を染める。残念だけどあんたの
観覧車はもう目の前だった。それなのに――。
「律っちゃん、これ乗ろう。絶対楽しいよ!」
律子は恐る恐る振り返った。アトラクションの看板にこうあった。
『カップルに最適! とても静かな雰囲気で……』
最後の文字はかすれて消えていた。箱型の船で定員は二人。過激なコースターに疲れたカップルが選びそうな乗り物だった。
「いいよ」
観覧車が混んでいたので、これでもいいかと律子は折れた。
「わー、面白いね! 律っちゃん、怖くない?」
シンヤのワクワクの理由がわからない。こんな穏やかな乗り物なのに、どうしてそんなにテンションが高いのか。
「あのね、シンヤ」
「なに?」
「私たち、性格が違いすぎると思う。わがままだけど、私は理解してくれる人に甘えたいんだ。だからやっぱり、その、わかれ……」
「律っちゃん、捕まって! ここから激しくなるよ!」
「へ?」
船体がものすごい角度で傾いた。滝に落ちた船が濁流に流され、左右に激しく揺れる。
「きゃああああーーー!!」
律子はしこたま頭を打ち付け、意識を失った。
目覚めた時、律子はアトラクションの出口にあるベンチに寝ていた。
「律っちゃん、大丈夫?」
シンヤの表情を見て、ため息をつく律子。会話の意図が伝わっている様子が全くない。
「『とても静かな雰囲気』って看板は嘘なの?」
あらためて見ると、律子が気を失っていた間にテープで文字が貼り直されていた。
『カップルに最適! とっても静かな乗り物で
何てこった。律子はまたしてもシンヤの
遊園地のとなりの公園に池があった。
これはチャンスと、律子はシンヤを手こぎボートに誘った。
今回の私の選択。あいつの直観は関係ないから、変なことが起こる心配はない。
「体調、落ち着いたみたいだね。よかった! 律っちゃんお腹減った? 売店で買ってきたから食べない?」
律子は差し出されたサンドイッチを受け取ってしまった。こんな時に限って、優しさ見せないでよ。
「さっき遊園地で言いかけた話、聞いてた?」
「え、なんのこと?」
「私たちのこれからの話。シンヤは自分の
「僕たちって奇跡のふたりだよね」
「あのさ……言いたいこと、わかってる? もう疲れたの。だから私たち……終わりにしな……」
「あ!!」
シンヤが突然立ち上がった。ボートが大きく傾いたので、律子は舌を噛んでしまう。
「なんだか背筋がゾワゾワする! あっちに行けって僕の
突然オールを握ると、シンヤは全速力でボートを漕ぎ出した。向かうは池の最も奥で、その先はネットがあって進めない。
「あそこ!」
律子も気づいた。落ち葉と枯れ枝に覆われた水面に、小さな手が見えた。
「大変! 誰か溺れてる!」
律子が叫ぶと同時に、シンヤが池に飛び込んだ。
子供を助けたあと、ずぶ濡れのシンヤは親からも警察からも感謝されまくっていた。
律子たちがボートに乗ったのは偶然だった。けれどその結果、シンヤの
けれど結果的に、律子は別れ話を言いそびれた。
「嬉しいんだか悲しいんだか、わからない。もう一生、このループから逃れられないの?」
英雄扱いのシンヤが戻ってきた。ベンチで待つ律子に声をかける。
「みんなにお礼を言われちゃった! こーいうの何だか照れるね……あれ……律っちゃん?」
律子は泣いていた。どういう感情から生まれたのか、説明できない涙を流して。
「ん……よかったじゃない。帰ろうか。早く着替えないと」
突然シンヤの体がブルッと震えた。
「やばいよ……律っちゃん……やばい」
「え?」
「体に電気が走った! いままで一番の
抵抗する間も与えず、シンヤは律子を抱きしめた。
「結婚しよう、律っちゃん!」
「は!?」
「僕の
今度は律子の背筋がゾワゾワした。
「な、なに言ってるの? 池の水飲んで、おかしくなった?」
「本気だよ! 本気なんだ!」
唐突にも程がある! さすがの律子もキレた。おかげて今日伝えそびれた台詞が全部言えてしまった。
「ばっ、馬っ鹿じゃない? あんたなんて大嫌い!
「違う! 軽い気持ちなんかじゃない。本気だっていう証拠を見せるから!」
律子を離すとシンヤはいきなり走り出した。向かった先は、公園の北と南を結ぶ歩道橋。この広い市立公園は中央が道路で東西に分断されていて、そこに立派な橋がかけられていた。
シンヤは歩道橋にたどり着くと、迷うことなく手すりをつかみ、よじ登った。
「キャー!」
律子ではない、誰かの悲鳴が響いた。
シンヤは欄干の上に立った。平均台を進むように手をひろげ、何とかバランスを保っている。
この時間帯、橋の下にある市道の車通りはかなり多い。道路からの高さも相当あって、運良く車に轢かれなくても落ちれば軽症では済まない。
「僕の気持ちが嘘じゃないこと、証明してみせる。いま僕の
「ば、馬鹿! 知らない! そんな事したって、わたし振り向かないから! 勝手に落ちて、さっさと死んじゃえ!」
むごい言い方だった。でもそんな言葉を使わないと、律子自身がこの場面に耐えられなかった。
「もし僕の
シンヤの足が動き始めた。一歩、また一歩と欄干を進んでいく。
あの馬鹿を止めなきゃ。心は言うが、律子の足は震えて動かない。
しばらくシンヤの足取りは安定していたが、夕暮れの東からの風に煽られ、だんだんフラフラしてきた。
「ありゃ、落ちるぞ」
律子は振り向いて、そうつぶやいた背後の男性をにらみつけた。不思議だ。あれほど大嫌いなシンヤの
「持ち直した!」
歩道橋ではシンヤが欄干の真ん中までたどり着いていた。続いて進む前に、胸に手をあて深呼吸をしている。
その姿を見ていた律子の脳に、
あ、駄目だ。
律子は走った。足が勝手に動いていた。
今すぐ行かないと取り返しがつかない。そんな信号が体中を駆け巡っていた。
残り半分に向けシンヤが足を踏み出した時、道路からトラックのクラクションが激しく鳴り響いた。
「やべ!!」
タイミングの悪いことは続くものだ。今日一番の突風が吹き、シンヤの体を道路側に持っていった。
落ちる――。
本人さえそう覚悟した時だった。細腕がシンヤの腰に巻き付いた。
ものすごい強さで引っ張り戻され、シンヤの体は歩道橋のタイルに叩きつけられた。
「痛ってー!!」
人の温もりを感じ、痛みを忘れて起き上がる。
「あ、律っちゃん……いつの間に?」
返事はなかった。必死に走った律子は息を整えている最中だった。
シンヤはすまなそうに言った。
「あのさ、いまのは確かに僕の失敗だって認めるよ。でも律っちゃんも『そこで見てて』の約束を破ったわけで……だからさ、お互いにやったことを帳消しにしない? それで僕にもう一度スタートからやり直すチャンスを……」
「馬鹿!」
律子がぴしゃりと言った。
「聞いて……私にも
律子は理解した。シンヤの本当のすごさは、直観から導き出した結論を信じ切ることだと。
その選択が失敗のように思えても、信じて信じて、信じ抜いて。現実の世界で結果を成功に変えてしまう。それがシンヤの強さなんだ。
ちょっと強引でシャクだけど、今回もシンヤの
「
「わかった。ごめんね、律っちゃんを泣かせて」
人々が見守る中、歩道橋の上の二人はいつまでも抱き合っていた。
三年後。
あるマンションの一室で、律子とシンヤの家族会議が始まっていた。
「律っちゃん、それだけは勘弁して! そんなんじゃ僕、会社の人との付き合いにも行けないじゃん!」
「だーめ。生まれてくる赤ちゃんの為に節約しなきゃ! だからシンヤの小遣いは来月から壱万円に決定!」
「異議ありあり!」
「却下します。平気よ。あなたならこの一枚で、ひと月ちゃんと生活できる。これは
(直観の読み方 おわり)
直観の読み方 まきや @t_makiya
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