第85話
「どうしよう、出回っているって言ってたけど……!」
町中を走りながら、ジゼルは色々な店の中を覗き込む。
「やだ、ここにも……このお店にも!?」
ジゼルは通りにある店をどんどん覗き込み、そして近くの家の窓からも中を見て、泣きそうになった。至る所に自分が過去に描いたものが飾られていて、ジゼルは大慌てで家へと駆けだした。
「そういえば……ローガンが持って来ていた二枚だって……あれ、私が描いた過去の絵じゃない! 昔のものすぎてすっかり忘れていたわ!」
過去の作品が出回っているとすれば、ジゼルは疑いたくはないが、疑わざるを得ない人物がいることに気がついた。
家に帰ると、扉を開け放ってずかずかと中へと入り込んだ。
「マチルダ!」
ジゼルの声に、キッチンにいたマチルダは大きく目を開けた。
「なんだい、出かけていたのかい? お使いならあたしが行くって――」
「どういう事!?」
ジゼルはマチルダに歩み寄って、下から仁王立ちしてガンと見上げた。走って息を上げ、真っ赤になって怒っているジゼルを見て、マチルダはどうしたんだいと首をかしげた。
「とぼけないでよ。私の過去のデッサンが、出回っているの。町中に! しかも、ファミルーの作品として! あれは蔵にしまってあるはずじゃ……!」
怒りすぎて呼吸が乱れたジゼルは、苦しくなってそこで息を切って空気を吸い込んだ。
「マチルダ、どういう事なの?」
ジゼルの鬼気迫る表情に、マチルダはだんまりしていた口を開いた。
「――バレちまったもんは仕方がないね。そうさ、あたしが売ったんだよ。ファミルーの作品としてね」
違うと言ってほしかったのに、願いとは反対の言葉が聞こえてきて、ジゼルは絶句した。
「なんで、どうして……?」
「そんなの、お金が欲しかったからに決まってるじゃないか」
「な……だって、足りるくらいというより、普通のお手伝いさんの二倍はお給料出しているじゃない」
「足りないんだよ、それじゃ」
「なんで? どうして……足りないなら言ってよ! 家族が病気? それとも何かの入用?」
怒りを通り越して、ボロボロと泣き始めるジゼルに、マチルダは大きくため息をはいた。
「あんたみたいに若くて可愛かったらよかったけどさ、あいにくこっちは年寄りで頭も悪いもんだからね。金を積まなきゃ、男だって寄ってこないんだよ」
「まさか、誰かに貢いでいるの……?」
「悪いかい? 金さえあれば、こんなあたしでも、ずいぶんとモテるんだよ。若い子にだって、相手してもらえるんだ。あれを一度味わったら、やめられなくてね。そんな理由なのに、賃金を上げてくれなんて言い出せないだろ?」
そうだけど、とジゼルは涙を服の袖でごしごしとこすった。
「私の絵を誰に売ったの?」
「あんたの両親の商売敵、ボラボラ商会さ」
ジゼルは青ざめて、その場にすとんと力が抜けて座り込んだ。
「いい値段で買ってくれたよ。これなら、一生遊んで暮らしても大丈夫なくらいにね」
「お金は、どこにあるの?」
「言うもんかい」
ジゼルはぎゅっとこぶしを握り締めて、そして立ち上がった。
「下手なことはおやめ。もう全部手続きは済んじまったんだ。ジゼルが黙っていれば問題ない。何しろ、あんなに上手に模写するんだ、誰もファミルーだと疑わないさ。さすが、稀代の天才様だよ」
ジゼルは立ち上がると歯を食いしばった。
「買い戻しに行くわ、全部!」
「下手なことはおよし。また襲われたいのかい? 今度は手加減なしになっちまうよ」
言われて、ジゼルは町に降りた時に襲われたのを思い出した。あの時はローガンが助けてくれたが、今、頼みのローガンは城の中だ。
震えが背中を襲い、一瞬ジゼルは立ちすくむ。しかし、それでも、と頬を引っぱたいた。
「行くわ。描いた作品は私のもの、私が責任を取る!」
ジゼルはそれだけ言うと、マチルダが止めるのも関わらず、家を飛び出した。
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