第81話

「わたくしの実の息子であったラトレルは、現女王によって殺されたのよ。あの美意識が過剰にできているシャリゼによってね。あの女は生まれたばかりの我が息子を有毒な白粉まみれの手で触り、肌が浅黒いのがかわいそうと言って、それを全身に塗りたくった!」


 ジゼルはぞっとする。大人でさえ有毒なものを、生まれたての赤ん坊に塗りたくったりしたらどうなるか。


「その結果、あの子はすぐに命を落としたのよ。理由が分からなかったわ、だから調べて調べて、そうしてその理由を知ったときには、煮えくり返るほどに憎んだわ……あの子が生きていれば、息子は王に、わたくしは皇后になれた」


「だから、同じ目に遭わせようと……?」


 そうよ、とウェアムは口の端をゆがめた。


「息子の仇よ。同じ目に遭わせてやりたくて、有毒な白粉をわざわざ王宮へと仕入れさせたの。見てごらんなさい、女王も息子も今ごろは中毒症状に苦しんでいるでしょう……苦しめばいいのよ、死んだラトレルと同じようにね」


 ジゼルは具合の悪そうな女王と、顔色の優れないジェフリーを思い出して、苦しい気持ちがせりあがってきた。


「あの女が美しいものが好きで、美への執着があったのが良かったのよ。おかげで自分だけじゃなくて、ジェフリーにも白粉を塗りたくってくれたから」


「女王が、自分にとっての邪魔な人物を消しているように見せかけ続けた……それも、あなたの復讐ですか?」


 カヴァネルの問いに、ウェアムはうなずいた。


「そうよ。全てを押し付け、悪の女王に仕立て上げ、そして美に執着して苦しんで死んだ。そういうあらすじだったのよ」


「そのために、一体何人殺めたと思っているんですか……!」


 めずらしくカヴァネルが語気を荒げた。


「さあ。でも女王が失脚すれば、玉座はラトレルのものよ。そうすれば、私も王宮へと戻って来られたわ」


「そんなことのために……シャロンも殺されたの?」


 ジゼルが瞬きもしないまま、目から涙をぽたぽたと落とす。それを見たウェアムは「そんなこと?」と眉をしかめた。


「シャロンは、わたくしがラトレルにあげた大事なネックレスを、あろうことか受け取ったのよ? たかが平民のくせに、おこがましいわ。ちょろちょろとラトレルのまわりをくっついて回って、虫唾が走ったの」


 ウェアムの顔が見にくく歪められた。


「それに、ラトレルの兄弟だなんて……生かしておくべきじゃなかったのよ。ラトレルが自分の兄だと気がつき、いつかこの秘密を誰かに打ち明けでもしたら、大惨事になる。ラトレルの玉座に、汚点はいらないのよ」


 ジゼルが瞬きをすると、さらに数滴、床に涙が落ちた。


「だから、わたくしが全ての汚点をかぶったの。外見まで分からないようにして、ずっと機会を狙っていた」


 首から、ウェアムがネックレスを取り出した。それは、まごうことなく、シャロンが首から下げていたものだった。


「ジェフリーにも、シャリゼにも玉座は渡さない。ラトレルにこそふさわしい。だから、国秘書庫の法律書も、すべて処分したのよ……姿をくらます前にね」


 だからと言って、とジゼルが呟く声はウェアムの声にかき消された。


「先王が逝去し、シャリゼ陣営が大きく出たの。第一王子だろうが、側室の息子が王になることはできないと言い始めてね。わたくしはどうしても自分の息子を王にしたかった。例え、替え玉だとしても、分かっていたとしても。自分が王妃として何一つできないまま、ただのお飾りの側室として人生負けたままで終わり、衰退するのが嫌だった。何のための人生なんだと思ったわ」


 ウェアムは満足そうに顔を天井へと向けた。


「でもこれで十分、復讐はできた。後は、ラトレルが王になるだけ。ラトレルにしか、玉座は継げないのだもの……それが、わたくしの望みよ」


 満足そうにするウェアムに、カヴァネルが重たい口を開いた。

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