第80話

「密造酒も、白粉も、手に入れることができる人物は限られているから……」


「そうよ。よく調べれば、手に入る手段は限られているけれど、果たしてそれが人を殺す道具だと思うか思わないかによって、ただの商品なのか、人殺しの道具なのかは見解が変わってくるものよね」


 それにジゼルはうなずいた。


「だから、気がついたんです。でも、本当に気がついたのは、ラトレル王子の地下牢に投げ込んでいた、花です」


 それにウェアムは表情を固まらせた。今までのニタニタした笑いが引っ込み、半眼でジゼルを見つめた。


「あの花は庭にも咲いていない。町の花屋でも取り扱われていない。港町にある、一店舗でしか見られない花でした。それが、ラトレル王子の幽閉場所にあるのが、おかしかった。しかも、その量は日によって増減している。誰かが投げ入れているとしか思えません」


 ジゼルは複雑な表情でウェアムを見た。


「わざわざそんなものを通気口から投げ入れる……手の込んだことをしましたね。バレてしまうリスクが一番大きいのに、なぜこんなことをするのか考えました……あの花じゃなきゃいけなかった。それを、入れなくてはいけなかった。なぜなら、あれはラトレル様へのメッセージだったからです」


 あの花の花言葉は、とジゼルが眉根を寄せる。


「――“母の愛”です」


 そこまでジゼルが一気に伝えると、ウェアムは息を吐いて、背もたれに背を預けた。


「そして、シャロンが水が苦手で溺れてしまうことを知っている人は、シャロンの両親と、ラトレル様しかいなかった……あなたはラトレル様からそれをどこかで聞いていたのでしょう?」


 それにウェアムは答えない。ローガンがふう、と息を吐いた。


「シャロンが殺されたことを伝えたら、ラトレルはずいぶんと悲しんでいたぞ」


「…………シャロンは、あの子は、ラトレルにとって邪魔だったのよ!」


 キッとウェアムが目を見開いた。


「だからって、殺していいわけない!」


 ジゼルが食ってかかろうとするのを、ローガンが押しとどめた。それでもジゼルは、身を乗り出した。


「いくら邪魔だったとしても、殺していい人間なんていない! あなたは間違っている!」


「おだまり小僧! 子どもを殺された親の苦しみが、お前に分かるものか……! シャロンはラトレルの最大の秘密を知る者だったの。玉座を脅かす存在よ。わたくしはただ、息子を守りたかっただけよ!」


 ウェアムが形相を変えて吠える。思わずジゼルが身を引くほどに、それは鬼の形相だった。


「わたくしはただ……ラトレルを王位につけたかっただけ!」


「それが、ラトレルの望みとは、かけ離れていてもか?」


 黙っていたローガンが口を開く。それにウェアムは「親は子どもの望みを叶えて当然よ!」と言い放った。


「わたくしが育てたのよ、ラトレルはわたくしの子。わたくしに背くことはしないわ」


「子どもはあんたの玩具じゃねーんだよ。意思ってもんがあって、考えることだってできる。いつまでも子どもじゃない。考え違いもほどほどにしとけ」


 うるさい、とウェアムはギリギリと歯ぎしりをした。


「何が分かるものか、お前たちなんかに……」


「話してください、ウェアム様。一体、あなたとラトレル様に、何があったのか」


 ジゼルがお願いすると、ウェアムは「いいわ」と息を整えた。

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