第71話

「ラトレル。シャロンに何を写させたって?」


 ローガンの必死な声に、ラトレルはラピスラズリの瞳を見つめた。


「法律書と、法律原本を写すのを手伝ってもらったんだ。僕は自分の生い立ちに疑問を持っていたから、いざという時のためにと思って、法律を勉強したかった。法律本をいちいち国秘書庫に取りに行くのも面倒で……シャロンに夜な夜な、写すのを手伝ってもらっていた」


 それに、ジゼルもローガンも思わず口を開けた。


「ラトレル様、それは……今一体どこに!?」


「カヴァネル宰相の部屋だよ」


 ジゼルは今すぐに戻ろうとして、ローガンに腕を思い切り引っ張られた。


「おいこら早まるな。ラトレル、なんで、カヴァネルの部屋に?」


 一瞬ローガンが青ざめたのは、全ての黒幕がカヴァネルの可能性を否定できなくなったからだ。それに、ラトレルは安心してとでもいうような、穏やかな笑みを向ける。


「あれは、見つかってはいけないものだから、無事に保管できるところに隠したんだ。カヴァネル宰相の部屋は、誰も入らないでしょう? だから、借りた本の表紙だけ挿げ替えて戻した……彼は、一度読んだ本を読み返すことがほとんどないからね」


 それにはローガンがほっとした顔をした。カヴァネルの護衛になって数年のローガンよりも、ラトレルは小さい時からカヴァネルを見ていることもあって、彼の性格を熟知している様子だった。


「一番安心でしょう。それ以上に安全で、なおかつ何かあったときに公平な立場でいられる人は、宰相しかいなかった。彼の部屋の本棚に、きっとまだあるはずだよ」


「……行こう、ローガン!」


「ああ」


 二人して一礼をすると、踵を返そうとする。ジゼルはすでに走って行ってしまい、その後を追おうとするローガンを、ラトレルが呼び止めた。


「先王は……近親者で血が濃くなりつつある王宮を嘆いておられた」


 とつじょ話し始めたラトレルに、ローガンが怪訝な顔をする。


「何の話だ?」


「近親者同士、子どもに障害が出やすいのです……病弱なジェフリーは、その典型かもしれません」


 それにローガンは眉をしかめた。


「異国の優秀な血をもって生まれた王子に、跡目を継がせたい。先王はそう言っておられたと聞きます。私の母であるウェアムも、現女王も、それに猛反対していましたが、王族と一番遠い血を持つ者……その者との間にもうけた子どもに、王位を譲ると、先王の決意は固かった」


「そんなこと、貴族が許すわけないだろ?」


 それにラトレルがうなずく。「何しているのー?」と能天気なジゼルの声が頭上から聞こえてきて、それにローガンは今行く、と短く答えた。


「しかし、王の血を一滴も引いていない平民の子が玉座に就くとなれば、それはそれでこの国は大波乱になります。どこかで隠し通せたとしても、僕は、それを望まない」


「何が言いたい?」


「法律書を見つけて下さい。そして、エスター王子を玉座へ。先王と、かりそめの第一王子である僕の願いです」


 ラトレルは穏やかにほほ笑んだ。


「エスター王子の母君は、それはそれは美しく、七色の声を持つ、吟遊詩人の末裔だとか。異国の民ゆえに正室には迎え入れられなかったけれども、その美しい声はそばに居るものを癒し、圧倒的な存在感は人々に自信と希望をもたらしたと……」


 にこり、とラトレルがほほ笑んだ。


「頼みましたよ、ローガン殿」


「――ああ」


 目を細めてラトレルを見、ローガンはすぐさまに踵を返した。それを見送って、ラトレルは地下牢の奥へと戻って行った。

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