第69話
前回よりも慎重に。そうカヴァネルに言われて、ジゼルはいつもの服装ではなくて侍女の服装に着替えた。ジゼルの赤っぽい髪は目立つので、布を巻き付けて隠す。
「私の髪の毛も目立つかもしれないけれどね、ローガンの嫌みなくらいの美形も目立つんだからね!」
思い切り頭を押さえつけられて、身長が縮むと抗議したジゼルは、してやったり顔のローガンをにらんだ。
「うるせーな。仕方ないだろ、顔は変えられないんだ」
「足音消せるんだから、美形くらい隠しなさいよ!」
「つべこべうるせーな。口塞いどくか?」
「バカ! あっち行って!」
朝から騒がしく準備をし、慎重にと言われたことを思い出して二人して忍び足で離れの庭へと向かった。途中、人とすれ違う度にジゼルは心臓がバクバクとなったのだが、ローガンはまるで別人かと思う態度と声音で挨拶しており、ジゼルの方が度肝を抜かれた。
「ローガン、そんな技術、どこで身に着けたのよ?」
「まあ、俺もいろいろと苦労しているからな」
「なるほどね。よし、じゃあしっかり慎重に、そして抜かりなく静かに行くわよ」
「俺はジゼルよりはしっかりしているから、大丈夫だ」
ケラケラと笑われつつも、温室周辺に来て人が誰もいないことを確認する。鍵を使って中へと入り込み、ラトレルの元へと向かった。
「ローガン。シャロンの事、伝えるの?」
「ああ。じゃなきゃ、あいつも尻尾出さないだろう」
「そっか。悲しむだろうね……実の妹なのに」
「さあな」
ローガンはやけに冷めた口調で返した。地下牢への階段で、それは嫌に冷たく聞こえる。
「どうして、悲しいに決まっているじゃない?」
「この世の中には、兄妹だって憎しみあうことがあるんだよ。それが、王位継承権っていう、ややこしいものが絡んでくれば……なおさらだろ」
だから、人が死んでいるんだ。ローガンのつぶやきが掻き消えたところで、地下牢の格子へとたどり着いた。
「――やあ。こんにちは。ジェラルド殿、それから、ローガン殿」
格子の向こう側から、暗くてもよく分かる金髪の青年が現れる。瞳にはシャロンにも似た憂いを漂わせて、口元にたたえた微笑が、どこか物悲しくジゼルには感じられた。
ジゼルが押し黙っていると、ローガンの方がラトレルへと近寄った。
「シャロンが持っていたものだ」
ローガンの手には、昨日父親から借りてきた、シャロンとラトレルの筆談の紙が握られていた。ランプの明かりでラトレルはそれを見ると、ふふ、と笑った。
「シャロン……燃やすように言ったのに」
それは、何かを悟ったような言い方でもあり、しょうがない子だな、と諭すようでもあった。
「シャロンは、殺された……これは、彼女の遺品で、父親が持っていたものだ」
ローガンがためらいなくそう言うと、ラトレルは初めて瞳に動揺を浮かべた。涼やかな目元に、じんわりと悲しみの色がせりあがってくるのが見て取れる。
「ラトレル……あんた、シャロンの兄だな?」
ラトレルは力なく息を吐いてから、ゆっくりと鉄格子を握り、そして再度長くため息をはく。
「……僕のせいだ」
ラトレルはぎゅっと鉄格子を握りしめて、眉根を寄せる。そして、今まで見たこともない強い瞳で、ローガンとジゼルを見つめた。
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