第55話

 女王にランチに誘われたことをローガンに伝えると、「でかした!」とジゼルを持ち上げて、がっちり抱きしめた。


「ちょっとローガン! きつい、息できない! 苦しい放して!」


「そう怒るな。これでやっと、ジェフリーのお出ましだ」


 ローガンは意気揚々とジゼルをベッドへと降ろして、鼻歌交じりにお茶を入れて飲みはじめた。


「やったなジゼル。ジェフリーは滅多にお目にかかれない、幻の王子だ」


 ジゼルは神妙にうなずく。


「よく観察しておいてほしい」


「もちろんよ。何か少しでも怪しい動きがあったら、すぐさまローガンに言うわ」


 意気込むジゼルを見ながら、ローガンは肩をすくめた。


「気張らなくていい。いつも通りにしてろ。じゃないと、ボロが出るぞ」


「うっ……確かに……」


 ジゼルは口をとがらせはしたものの、それから念入りに当日の服を考え始めた。その様子を見ながら、ローガンはほんの少し息を吐いた。


 シャロンが亡くなってからというもの、ジゼルはたまに、ぽっかりと心に穴が開いたように、遠くを見つめたまま止まるという事が多くなった。ローガンはその様子を見て心配をしていたのだった。


「まあ、何か探ることよりも、その場を楽しんで来いよ。それから、瞬間記憶能力をどうにか動かせていればいいわけで……まあ、大丈夫だろう」


 ローガンは自分の半裸のデッサンを見つめて、その素晴らしすぎる完成度につまらなそうに口をへし曲げた。


「覚えてなくても、こんな風に本人の頭が記憶しているわけだし」


 それをジゼルに見せると、ジゼルはあからさまに「げ」という顔をした。気まずそうに視線を泳がせて、くるりと振り返って見なかったことにする。


「ほんと、役に立つし素晴らしいけど……厄介と言えば厄介だよな」


 ジゼルの後ろに立って、目の前にその紙を見せてから、ローガンは意地悪な口調でジゼルの耳元でつぶやいた。


「仕方ないじゃないの、勝手に手が描いていたんだから」


「だからと言ってこれが侍女たちの間に出回るのは、俺としてはプライバシー的に問題があるんだけど。許可もしてないしな」


「じゃあ、私がいる時は服着てよ」


「そういう問題じゃないだろうが」


「――ひゃっ!」


 耳を齧られて、ジゼルは思わず素っ頓狂な声を上げた。それにローガンはけらけらと笑いつつも、自分が描かれたデッサンを机へと戻した。


「まあいいや。ジゼルの頭がパンクするよりかは、俺の裸体のデッサンが出回る方がマシだな」


「だって、ローガンもカヴァネル様も、すごい人気なんだもん……みんなが描いて描いてってせがむから」


「今は良いけど、事件が解決したら、もうダメだからな」


 分かったとジゼルはうなずいたが、守れるかどうかは別だった。


「ローガンの前でしか描かないようにする」


「そうしてくれ」


 ローガンは半分期待はしていないけれどという顔をしつつ、シャロンの肖像画を見つめた。


「シャロンの父親に、渡しに行くか」


 言われて、ジゼルはどきりとした。未だ、シャロンが消えてしまった事が嘘のようで、こうしていればいつものように、ジゼルの前に現れるような気がしていた。


 だから、肖像画を父親に渡すことができないでいたのだった。渡してしまったら最後、シャロンとお別れをしなくてはいけない。そんな気がしていた。


「まだ、気持ちの整理がついていないの」


「父親だってそうだろ。でも、この絵はシャロンの願いだ。父親に、渡したいっていうな」


 それにジゼルはそうだった、とうなずく。


「願いを、叶えてあげたらいい。それができるのは、ジゼルだけだ」


 ローガンに言われて、ジゼルはうなずいた。ローガンはそんなジゼルを見て。一緒に行くよと優しい笑顔を向けたのだった。

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