第50話
「立場をよくわきまえているんだよ。それに、幽閉されてもなお、判断力も精神力も鈍っていない。俺たちを、あいつはやすやすと助けた……幽閉されているような立場でな」
報いるしかないだろう、とローガンは悔しそうに呟く。ジゼルは泣きそうになるのをこらえて、全ての痕跡を消すために、来た時と全く同じに整えて戻った。
「ローガン、私悔しい……」
何もできていない、とジゼルは帰り道で歯を食いしばった。今にも泣き出しそうなジゼルの頬に、ローガンの手がそっと添えられる。
「ジゼルのおかげで、やっとラトレルのことも、幽閉されている理由も知ることができた。あいつも言っていた通り、あそこにたどり着いたのは俺たちが初めてだそうだ」
ジゼルはローガンを見上げる。ラピスラズリの瞳には、キラキラと優しさがきらめいていた。
「つまり、この数年間、誰もできなかったことを俺たちはやっている。そのきっかけを作ってくれたのはジゼルだ。ジゼルの記憶力と技術が無かったら、ラトレルを探し出せていないか、その前に殺されていたかもしれない」
あんたのおかげだよ、とローガンはジゼルの頬を優しく撫でた。
「やっぱり、あの人はラトレル王子なんだよね?」
「でなきゃ、名前を名乗っているはずだし、普通はあの場所から出ようとするだろ」
ローガンは目を細める。そこには、ジゼルが思っているよりも、苦渋の色が滲んでいた。いったん二人とも部屋に戻ると、しばらくしてからカヴァネルがひょっこりと部屋に顔を出した。
「……どうでしたか?」
カヴァネルは、激務の合間を抜けて、ほんの少しだけ時間を作ったという。王が不在の今、政治的な進行や段取りは、全てカヴァネルに一任されているようなところがあり、それを一気に引き受けているのだった。
女王はカヴァネルに任せつつも、自分の思う通りにするように巧みに話を持ち掛けてくるという。それをかわしながら国を回し、女王と家臣と民意の間に挟まれつつも、上手くやっているカヴァネルは、やはり凄腕なのだとジゼルは思わざるを得なかった。
「ラトレルだったよ。でも俺もジゼルも、見たことが無いから確証がない」
言われてジゼルは、さらさらと先ほど見た人物の似顔絵を描く。それを見て、カヴァネルが間違いない、とうなずいた。
そのままジゼルは、二人が話している横で、あの幽閉されていた空間を紙へと吐き出す。暗くて不明瞭な部分はあるにしても、じっと見ていたから大部分は記憶されていた。
「なるほど、こんなところに幽閉していたとは。それに、誰の差し金か分かりませんが、政略結婚ですか……だからこそ、下手に殺すわけにはいかず、生殺し状態というわけですね」
カヴァネルは水を飲み干してから、椅子へと腰を落とす。何かを考えているのか、視線はふと遠くへと行ったままになった。
「確かに、マルス共和国と同盟を結べたら、わが国には利益が大きいでしょう。ですが、国以上に利益が出る人物がいるはずです」
「……女王は、その一人だ」
ローガンのつぶやきに、カヴァネルがうなずく。
「マルス共和国は、その名の通り共和国。対する我がシェーンゼー王国は君主国。同盟国に倣うようにと、共和国制度の良いところを持ち出して法改正をすすめ、王位継承権保有者ではなく、多数決で王を選出することになれば、女王の思うつぼです。今や貴族も議会も、ほとんどが女王派閥ですから」
そうすれば、女王の一人勝ちにもなりえる、とカヴァネルは目を閉じた。
「他にも、利益が出る人はいます。それを、しっかり考えましょう」
そう言ってカヴァネルは悩まし気に眉根を一瞬よせてから、ふうと息を吐きだした。
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