第37話

 シャロンが文字の読み書きができることは内緒なので、ジゼルとシャロンは、やり取りをローガンの部屋でのみ行うことにした。


 状況を聞けば、シャロンは生まれつきに声が出せないとのことだった。それが功を奏して、王宮へと召し上げられたのだ。病弱な母の看病に付き添うことが多い父親は、心配はしたもののシャロンの勤め先が決まったことを大いに喜んだ。


 その数年後、母親は亡くなってしまったという。今は父が一人、城下町に住んでいるということだった。


【私が声が出せないことを知って、ラトレル様は、どうやったら私と話せるのかを考えた末に、内緒で読み書きを教えて下さいました】


「そうだったんだ」


【はい。ラトレル様は、とてもお優しい人です。侍女である私にも優しく、こうして読み書きまで教えて下さった方なのです】


 それにジゼルはほんの少し照れながら、相槌を打った。すでにシャロンの肖像画は出来上がっていて、乾かすために部屋に置いてある。


【とても知的で、ユーモアにあふれた方です。私は、ラトレル様の優しさと明るさに、毎日救われる気持ちでした】


 在りし日々を思い出しながら紡ぐシャロンの文字は美しく、そして、シャロンの穏やかな顔には、親愛の表情が乗っている。


【また、とても法律にお詳しいのです。自分が側室の息子なのに、第一王子であるからこそ、勉強をしなくてはいけないとおっしゃっておりました】


「そっか、確か、王位継承権は第一王子。普通は正妻の息子がそうなるはずだけど、現状では第一王子のラトレル様は側室生まれ……法律を勉強する意味も理解できるわ」


 それは、ラトレル自身が自分を守るために必要な知識なのだった。正妻の息子であるジェフリーに王位継承権が移るかもしれない。また、噂されているエスター王子が現れるかもしれない。


 ラトレルが王位を望むか望まないかは別として、自分を守る知識を身に着けていたことは、彼が無能ではないことを示す重要な情報だった。


「じゃあ、幽閉されている現状に関しては、きっとラトレル様は煮え切らないでしょうね」


【ラトレル様は無実です。側室様を慕っておりましたし、あのようにお優しい方が、ご自身のお母さまを殺すなどできるはずがありません。何かの間違いか、仕組まれたことのように、私は思います】


 そう言って、シャロンは胸元から小さなペンダントを取り出してジゼルへと見せた。何の変哲もない安物のペンダントだったが、よく見ると細工がしてあることに気がついた。


 シャロンがペンダントの突起を二回カチカチと押すと、パカンと安物のガラス細工が開いて、中から本物の宝石が姿を見せる。ジゼルはそれを受け取ってから、宝石の後ろにある文字に目を見開いた。


「これは……王家の紋章入り!?」


 シャロンはうなずく。


「誰からこれを?」


 シャロンが目を伏せて、そして切なそうにジゼルを見つめた。


「……ラトレル様が、シャロンにこれを?」


 シャロンが瞬きをした後に、ゆっくりとうなずいた。ジゼルはそれを見つめて、言葉が出せないまま固まった。じっくりと見てからシャロンに返すと、彼女は首から大事そうに下げて隠した。


【万が一、自分の身に何かがあったときのために。そう言って、ラトレル様は私にこれを渡しました。今思えば、危険が迫ってきていることを、薄々感じ取っておられたのかもしれません】


「そう、だったんだ……」


 シャロンは愛おしそうに、元はラトレルの祖母から母親に譲られた形見だという、小さな宝石を手に取って、見つめる。


【私は、お側に居られるだけで幸せでした……ずっと、この平和が続くと思っていたのに】


 とつじょ、慕っていた人物が罪を擦り付けられ、幽閉される。居場所を知る手掛かりのないままに、幽閉したのではないかと思われる人物に、シャロンは付き従わなければならない。


 シャロンの気持ちが、その切ない横顔からひしひしと伝わってきて、ジゼルはぐっとこぶしを握り締めた。

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