第36話
シャロンの肖像画は、仕事終わりにローガンの部屋で描くことにした。ジゼルは、ちょっとだけ時間をちょうだいねと伝えて、小さいがきちんとしたキャンバスに肖像画の下絵を描く。
進捗具合を見せるために、シャロンには毎日部屋までの送迎を頼むということにした。その時に、絵の出来具合を確認してもらうと、シャロンは毎日とても嬉しそうにし、ジゼルに何度もお礼を伝えた。
絵は数日で色が入り、あっという間に本物のシャロンと見間違うシャロンが、キャンバスに登場する。それを見て、ローガンも舌を巻くほどだった。
「そういえばシャロンは、誰から読み書きを教わったの?」
部屋に来た時に、誰もいないのを確認して、ジゼルはシャロンに絵を見せつつ質問した。それにシャロンは困った顔をした後に、言えない、というように首を横へと振る。
「……顔色が悪いけど、お水飲む?」
ジゼルは慌ててシャロンを座らせて、水差しの水を差しだした。シャロンは今にも泣きそうになりながら水を飲み、心配そうなジゼルの顔を見て、ずいぶんと躊躇っていた。
「言いたくないことなら、無理に言わなくてもいいよ。でも、もし、何かあるのだったら、私に話して。私は王宮とは無関係だから、シャロンの秘密を誰かに打ち明けることはしないよ」
そこまで言ってから、ジゼルはこれは先に自分の秘密を打ち明けるべきだと思った。ジゼルは意を決して服を脱ぐと、シャロンが慌て始める。彼女を牽制して、シャツの前ボタンを外して、コルセットを見せると、シャロンは一体どういうことだという顔をした。
「あのね、シャロン。文字の読み書きができるという秘密を打ち明けてくれたから、私も言うね。実はね、私は女性なんだ……こうしてコルセットで、身体を男の人っぽく見せているだけ」
シャロンは驚き、そして目を真ん丸に見開いていた。
「これを誰かに知られたら、私の首が飛ぶか、国外追放になる。このことを知っているのは、ローガンと私の家のお手伝いさんだけ。ね、これでおあいこだよ」
ボタンを元に戻してジゼルがほほ笑むと、シャロンは落ち着いたように、大きく息を吐いた。
「だからね、シャロン。誰にも言えない秘密があって、苦しいなら私に吐き出して。誰にも言わないから」
シャロンは眉根を寄せると、急に目の端に涙を溜め始めた。ジゼルが隣に座って、シャロンの背中をさする。しばらくして、シャロンが何か書くものが欲しいとジェスチャーするので、紙とペンを渡した。
それを受け取ると、シャロンは涙目で文字を書き始めた。
【私に文字を教えてくれたのは、ラトレル様です】
「ラトレル王子……側室の第一王子!?」
ジゼルは驚きつつ、声を落とした。それに、シャロンは涙目になりながらうなずく。そういえば、カヴァネルがシャロンはもともとは側室側の侍女だったと言っていたことを思い出した。
【ラトレル様は今もなお、生きておられます。場所は女王様しか知りませんが、ラトレル様の幽閉されているお部屋の鍵は、女王様のお部屋の中にあると思います】
ジゼルは、何も言えずに、シャロンの書く文字を、瞳だけで追う。
【私は、ラトレル様を救い出したいのです。ですが、鍵の場所が分かりません。女王様は週に一回は、必ずラトレル様のご様子をうかがっているようです】
ジゼルは絶句した。
【ジェラルド様、どうか、ラトレル様を救い出してください】
ぽたり、とその文字の上にシャロンの涙が落ちて、インクが滲んだ。それを見て、ジゼルは下唇を噛みしめる。
「……私にできること、必ずやってみせるから」
そう言うと、シャロンはにっこりと笑った。
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