第27話

 ジゼルが女王に会うためには、まずはカヴァネルに声をかけなくてはいけなかった。ローガンはさっさと仕事に出て行ったため、ジゼルは言われたとおりにカヴァネルのいる部屋へと歩いて行く。


「カヴァネル様、おはようございます」


「おはよう、ジェラルド。よく眠れましたか?」


「はい、おかげさまで」


「ローガンに、変なことされていませんか?」


 言われて、ジゼルは抱きしめられながら眠ったことを思い出して、瞬時に顔が沸騰して真っ赤になる。それを見たカヴァネルが、おやおやと苦笑いをかみ殺した。


「まあ、彼は粗雑ですが、本当にあなたが嫌がることをしないとは思いますから」


「……はい」


 尻すぼみになりながら返事をすると、行きましょうと言われる。カヴァネルの穏やかな立ち振る舞いに見とれながら、その後をとことことついて歩いた。


 カヴァネルは上流階級の貴族出身というだけあり、立ち振る舞いから所作、言葉遣いにおいても、ものの見事に美しい。行きかう人々の好奇の視線を感じつつ、幾人もの人たちとすれ違いながらに廊下を進んだ。


「ここから先が、女王の部屋へと続く廊下です。女王の側近たちに代わりますので、私はここで失礼します」


 カヴァネルが爽やかな青い瞳を、ジゼルへと向けた。そして、かがみこんできてジゼルの耳元に顔が寄せられる。


「武器は、何か持っていますか?」


 小声だけれども、鋭さを纏う声音がジゼルの耳に入って、一瞬で肝が冷えた。忘れていたが、ジゼルは女王の悪事を暴くために来ているのだ。ただ単に絵を描きに来ているわけではない。


「いえ、何も。でも、いざとなったら、ペインティングナイフを投げつけます」


「気を付けて」


 冗談ではない含みを持つ声音に、ジゼルが動けなくなってしまっていると、カヴァネルがいつも通りににこりとほほ笑む。それは、まるで教会に置かれている天使の彫刻のような笑顔だった。


「ではまた後程会いましょう、ジェラルド」


 そう言ったタイミングで、後ろから女王の側近であろう侍女が現れて、ジゼルに向かってお辞儀をした。ジゼルはカヴァネルをしっかりと見つめてうなずき、侍女の方へと歩み寄った。


「こんにちは。ジェラルドです。よろしくお願いします」


 同じ年頃に見える金髪碧眼の美しい容姿の侍女は、ジゼルを見て可憐にほほ笑むと、ぺこりとお辞儀をした。そしてジゼルを案内するために、手のひらで奥の扉を指し示す。


「案内してくれるんですね、ありがとう」


 それにも少女はにこりと笑い、うなずいた。そしてジゼルの荷物を見て、それを手に持とうとする。


「ああ、大丈夫。自分で持てますから」


 それに少女は困ったように眉根を寄せて、首をかしげた。そしてからやっぱりダメだとでも言うように、首を横に振ってジゼルの荷物を持とうとする。


「え、大丈夫です。その、私こう見えて、力けっこうあるんで」


「――ああ、シャロン。ジェラルド様のご案内がまだできていないの?」


 押し問答をしている二人に向かって、奥から壮年の女性が慌ててやってきた。その姿を見ると、シャロンと呼ばれた少女がすぐさまに背筋を正して、深く頭を下げた。


「ジェラルド様ですね。私は女王様側近の侍女たちの長をしています、マリアと申します。この子はシャロン。生まれつき声が出ないんです、どうか、気を悪くしないでください。何か、無礼なことでもありましたか?」


 それにジゼルは驚いてから、シャロンと呼ばれた少女と、侍女たちの長である女性を見比べた。


「いえ、荷物を持ってくれようとしただけで……でも一人で持てるから大丈夫って言っただけなんです」


 シャロンはずっと頭を下げたまま、ぴくりとも動かない。ジゼルはその姿を見て、シャロンの肩に手を置いた。


「じゃあ、これだけ持ってくれるかな?」


 肩にかけていた荷物をシャロンへと渡すと、にこりとほほ笑む。その儚くて可愛らしい笑顔に、ジゼルは王宮内に不審死が起こるなんてありえないように感じていた。

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