第3話 山の中の花畑

 殿下と二人、アイスブルーの花たちが咲き誇る聖地を訪れた日。

 忘れられない光景を目に焼き付けて帰って来た私は、もう一つの真実に思い当っていた。


「カリーナ?どうしたのだ?」


 外出用の服装から、お互いそれぞれ室内用の服装に着替えてきて。まだ部屋の中で飲み物や軽食の準備をしている人たちがいる中、殿下がそう問いかけてくるけれど。


「いえ、その……」


 人がいる中で言うべき事でもないかもしれないと、そう思うとなかなか簡単には口にできない。

 きっと殿下は私の様子がいつもと違う事にいち早く気付いて、心配して聞いてくれているんだろうけれど。


「ふむ……」


 言い淀む私の様子に、何かを察したらしい。

 紅茶のお代わりを注ぎ足したりするために、側に控えようとしていた人たちに目を向けて。


「もう良い」


 たった一言、そう告げた。

 それはある種命じたに近かったのかもしれないけれど、その声も態度もいたって普通で。

 高圧的でもなければ申し訳なさそうでもないその姿に、これが当然な生き方をしてきた人なのだろうと思う。

 そして私も、そういう生き方をする側になったのだと。


「承知いたしました」


 殿下専属の執事さんが答えて恭しくお辞儀するのと同時に、他の人たちも頭を下げて。

 そのまま、部屋を出て行った。


「さて。これで良いか?」


 私たち夫婦は、わりとこの部屋で二人きりになる事が多い。というか、むしろ必要なければ基本的に人が出入りしない。

 それが当たり前になっているから、疑問も何も持たれなかったというのもあるのかもしれないけれども。


「…………違う方面に、邪推されそうですが……?」

「良いではないか。あながち間違いでもないしな」

「そこは間違いであってください!!」


 何その事前に宣言しましたみたいなのは!!

 え、本当にそういう理由で下がらせたの!?夫婦だけど!夫婦だけどさ!!


「君が……」

「んっ……」


 頬に添えられた手と、唇をなぞる親指の優しさとは対照的に。

 その瞳が見据えてくる強さに、私は射抜かれそうになる。


「この状態でも私に何事かを隠そうとするのであれば、話したくなるようにするだけだ」

「…………」


 その方法があながち間違いじゃない邪推方面なんですか!?!?

 なにしようとしてるのこの人!!怖いんですけど!?


「さて、カリーナ。このまま私に喰われるか?それとも素直に話すか?」

「……は、話しますっ!!話しますから!!」


 というか、元々そのつもりでしたから!!二人きりになってから話そうって思ってただけですから!!

 こんな真昼間から食べないで下さいっ!!!!


「ふむ。では頂くのは後にするか」

「いただくの前提なんですか!?」

「夜が良ければそうするが?」

「うぐっ……」


 べ、別に嫌ってわけじゃないので……。

 そう言われてしまうと、何とも返事がしづらいんです……。


「まぁ、冗談という事にしておこう。今の所は」

「……夕食後、ちゃんと磨いてもらいますから。待っててください……」

「ふふ。楽しみにしている」


 余裕そうな殿下の様子に、ちょっと悔しくなるけれど。

 とりあえず今は、その話題は置いておいて。


「それで?どうしたのだ?」


 私の隣に腰かけながら、一度だけ頭を優しく撫でてくる。

 こういう優しさが、ずるいと思うのだ。


「…………昔……母が言っていた高い山の中に綺麗な花が咲き誇る場所は、きっと……」


 聖地の。山の中の花畑が、きっとそうだったんだろう。


「あぁ、成程。……以前君が、行ってみたいと口にしていた場所だったな」

「よく、覚えていますね……」

「私は記憶力が良い方だからな。何よりも愛しい妃の数少ない望みだ。覚えていないはずがない」


 だがまぁ、場所が聖地だったのならば、見つからなかったのも納得だ。と。

 その言葉だけで、ずっと探し続けてくれていたのだと分かってしまって。


「っ……アルフレッド様っ」


 思わずその胸に飛び込んで抱き着いてしまう。


「お、っと。ふふっ。珍しいな。カリーナの方から来てくれるなど」

「だってっ……だって嬉しくてっ」


 私の知らないところで、私の事を考えて、私のために何かをしてもらえていた。

 大好きな人にそこまで想われて、嬉しくならないはずがない。


「私が見つけて驚かせたかったのだが、流石にそれは出来なかったのが残念だ」

「いいえっ。お気持ちだけで十分すぎるくらい、本当に嬉しいんです!」


 何よりこの人の傍にいられれば。

 もうそれだけで、私は幸せだから。


「そうか。だが次は、何か君を驚かせてみたいものだな」

「ふふっ。それなら楽しみにしていますね」

「あぁ」


 見上げた先、やわらかく微笑んだその淡い瞳が、徐々に近づいてきて。


「見つかって良かったな、カリーナ」

「はい」


 唇が触れ合う直前、そう短く言葉を交わしたのを最後に。

 甘い甘い雰囲気に、部屋中が満たされていった。




















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