第4話 殿下のポケットマネー

「おぅ!フレッド!久しぶりだな!」

「すまない。仕事が立て込んでいて、なかなか顔を出せなかった」

「いやいや、いいってことよ。それよりほら、お前に言われた通り改良したらまた売れたんだよ!こっちがお前の取り分だ!」

「毎回言ってるがな、アルマ。こちらとしても助かっているから、ここまでいらないんだが?」

「それはそれ、これはこれ。お前が軍の関係者なのはなんとなく分かってるが、仕事に対する対価はちゃーんともらっとくべきだ。そうじゃなきゃ、俺は英雄に顔向けできねーよ?」

「そう言われるとな……」

「男は黙って受け取っておけ。んで、そっちの後ろの嬢ちゃんとかに美味いもん食わせてやればいいんだよ。なぁ?」


 にかっと人が良さそうに笑いかけて来たおじさんに。


「それなら、ちょっといいところ連れていってもらっちゃおうかなぁ」


 なんて。

 冗談めかして言ってみる。



 そもそもなんで、知らない人とこうして話しているのかといえば……。




「殿下!?」


 珍しい殿下の休日だったある日の事。

 どう考えても宮殿にいるのには似つかわしくない、平民のような格好の殿下に。驚いた私は、思わず声を上げてしまって。


「あぁ、いや。……折角だ。カリーナも共に来るか?」


 そう聞いて来た次の瞬間、殿下の髪と瞳の色が普段よりも濃い色に変化した。




 それで今、どういう状況なのかと言うと。

 つまりは一種のお忍び(公認)だったというわけで。

 そしてなぜか、王都にある一番大きな武器屋の店主と殿下が、親し気に話しているという。


(フレッドって……アルフレッド様だから、偽名がフレッドってこと?というか、これが殿下のポケットマネーの出どころなのね)


 とりあえず話を合わせつつ、平民時代のように振舞ってみせる。そんな私の出で立ちは、まさに昔と同じ格好で。

 ただし一点だけ。瞳の色だけが、よくある青色に変化している。


「ほらほら、今日はもう行った行った。また今度時間がある時に、新しい武器を見てくれよ」

「いや、だが……」

「こんなところに女を連れてくるなんて、無粋もいいところだろーが。つまんねーだろうよ、こんなとこ。なんだ?この国の軍人ってのはみんなこうなのか?」

「違いますよー。私が見てみたいって無理言って頼んだんです」

「へぇ?そりゃあまた……。よかったなぁフレッド。理解のある彼女で」

「アルマ……」


 彼女じゃなくて、奥さんなんですけどね。とは、一応言わないでおく。

 あと珍しく殿下が押されている様子も見れて、これはこれでなんだかおもしろい。


(けど、見た目は色彩以外変わってないのに。意外と気づかれないんだなぁ、王弟殿下だって)


 確かに平民からしたら、王族の姿を身近で見る機会なんてないから。結婚式の時だって、遠巻きにしか見えなかっただろうし。

 あれじゃあきっと、何となくの色彩しか分からないんだろう。


「まぁいいからいいから。今日はもう帰れって」


 そう言って背中を押された殿下は、渋々という感じで武器屋を後にした。

 その姿に、たぶん本当は新作があれば見たかったんだろうなぁと思いながら見上げた先で。


「腕は良いのだが、本人が本格的に武具を扱う事は出来ないからな。使い勝手という点では、私の方がよく理解している」


 なるほど、だから。


「…………いやいやいやいや、そうじゃないんですよ。なんでおう……フレッド様ともあろうお方が、わざわざ出向いているのかっていう点がですね?」


 疑問なわけですよ。私としては。

 いやだって、王弟殿下だし。この国の。二番目に偉い人だし。

 なのに前々から、しかもお供もつけずに一人で出歩くって……結構不用心というか、大胆というか。


「下手に大勢引き連れる方が目立つからな。一応隠れて護衛をさせてはいるが、残念ながら彼らよりも私の方が強い」

「護衛の意味……」

「そういう事だ。あまり意味が無い上に、今まで問題が起きた事もない。まぁ、目的を果たしたらすぐに帰るようにしているからだろうが」


 寄り道はしない主義なんですね。忙しいですもんね。

 あとたぶん、究極の効率主義でしょうし。

 ただし休憩やご飯を蔑ろにするのは、むしろ効率落ちますからね?そこは声を大にして言いますよ?


「……そういう目で見ないでくれ。今は両方ともしっかりと取っている」

「当然です。むしろ疎かにするようなことがあれば、しばらくはお菓子抜きです」

「む。それは困るな」


 眉を寄せて真剣に考え始める殿下は、本当に私の作るお菓子が大好きなんだなぁと。

 まぁ確かに癒しの力も相まって、それはそれは重宝されているわけだけれども。


 でもまぁ、今日はとりあえず。


「せっかくですし、本当にデートしませんか?王都で何が流行っているのか、私も見てみたいですし」

「ふむ、成程。視察にもなるし、良いかもしれぬな」


 どこかお仕事の雰囲気のままだから、私の言葉の後半に食いついてくれたみたいだけれど。

 この後本当にただのデートになって、私が恥ずかしくなるくらい甘々になってしまっていたのは……。

 近くにいた通りすがりの人たちと、一部始終を見ていた護衛の数人しか知らない。














――ちょっとしたあとがき――



 殿下がどうやって個人的なお金を稼いでいるのか、本編中では明らかにしていなかったなと思いまして。

 アイディアに対する対価を払うという思想にまでたどり着いているくらいには、この国は割と進んでいますし潤っています。


 ちなみにこの武器屋の卸先の一つが城の騎士団や軍隊なので、かなり大きな儲けが出ている上に、殿下にとっても自ら使い勝手を発注できるという。

 実はwin-winな関係です。

 その分、殿下の懐に入ってくる額も割と大きかったりするんですけれどね(笑)


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