第7話 預言の魔女の正体は

「待ってください……!!」

「おや、どうした?まだ何かあったかい?」


 私が出ていく時には驚いていたいつもの護衛の二人が、お婆さんが出ていく時には何の反応も示していなかったあたり。きっとあの時も何か特殊な魔法を使っていたのだろう。

 でも今は、そこじゃなくて。


「お母様から……ヴェレッツァの王族の末の姫から、聞き及んでおります」

「…………何を、かな……?」

「いつか預言の魔女を名乗るおばあさまがいらっしゃったら、その方は私たちの始まりの母ですよ、と。そうなのでしょう?大お母様」

「っ……!!」


 幼い頃に何度か話してくれたそれは、とても不思議だったけれど。なぜか素直に受け入れられて。

 きっと理由はこれだった。


 だってきっと、目の前のお婆さんは。


 この方は、英雄様と同じ時代に生きた方。


 英雄様の親友だった、ヴェレッツァ王。最初のヴェレッツァアイの人物。

 その、人の。


「……なんだかなぁ。どうしてあなた達は、そう疑うってことを知らないかねぇ?」


 困ったような顔で笑うその人の姿は、お婆さんではなくもっと若い、けれど大人の女性のもので。

 少し癖のあるブリュネットの長い髪を無造作に手で払うこの方が、最初のヴェレッツァ王妃だと言っても。

 誰も、信じてはくれないだろう。


「真実だからではないでしょうか?事実、大お母様のお言葉だったからこそ、ヴェレッツァの王族は何一つ疑わなかったのでしょうし」

「やーだなぁ。いい加減親離れしてもらわないと。性格まで引き継がないでよ、もう。なんでみんなあんなに英雄大好きっ子たちなわけ?」


 見た目相応の話し方をされるけれど、実際にはたった一人で生きている強い女性。

 英雄も伴侶も去ったこの世界で、どんな気持ちでこの方は生きてこられたんだろう。


「似なくていいのよ、そんな所まで。もうホント、瞳の綺麗さと比例してるのたち悪いと思う」

「ふふっ。仕方がないのですよ。だってとても、素敵なのですもの」

「そりゃあ旦那様だったらそうかもしれないけどね?友人だったとしても大好きじゃない。何なのあれ。よくあれでちゃんと国として運営できたわよね」

「だからこそ、ですよ。英雄様から頂いた土地ですから。大切に、守っていきたいのです」

「…………そういう所、ホントそっくり……」


 呟いたその声は、とてもとても優しくて。

 あぁ、母親とはこういうものなのだな、と。そう思わせるには十分だった。


「あ、そうそう。反対したのは本当だし、あの子たちが聞かなかったのも本当。だけどね?あなたのお母さんは、一人だけ生き残ったことをどこかで後ろめたく思っていたんじゃない?」

「それは……」


 確かに、亡くなる直前。これが罰なのね、と。呟いていたのは事実だけれど。


「本当はそんなこと、欠片も思う必要なんてなかったの。だって世界がそう望んだんだから」


 そう言って窓の外、遠くを見る視線は。


「それを彼女に直接言ってあげられなかった事だけは、後悔しているのよ……」


 そう、後悔。まさにそうとしか言いようがない色で、埋め尽くされていた。

 けれど。


「まぁでも、世界は約束してくれたからね。ちゃんとその魂に真実を伝えて、今度こそ幸せに人生を全うできるように生まれ変わらせてくれる、って」

「魂……」

「あら、信じてない?でもちゃんと実在するのよ?」


 そう茶目っ気たっぷりに話すときには、既に後悔の色は残っていなかった。


「あ、でもこのことは秘密にしてね?流石に魂とかって言いだすと、あなたが怪しまれるから」

「そう、でしょうか?」

「あのドゥリチェーラの坊やだったら信じるだろうけどねぇ。それ以外の相手には、言っちゃダメよ?」

「はい。殿下以外にお話しするつもりはありません。今回の事全て」

「いい子ね。魔女の存在も、ドゥリチェーラの王族とヴェレッツァアイを持つ者だけが知っていればいいだけの事。あ、他の魔女たちは大人しくて賢いから、心配しないで?たぶんその内また薬の魔女も新しく選ばれるだろうけど……。問題がありそうだったら、その時には教えてあげる」


 じゃあまたね、と。

 一度だけ私の頭を撫でてから、笑顔で手を振って去って行く。


 今度こそ、私はその背中を見送って。


「はい、大お母様。また、お会いしましょう」


 ようやく私も元来た道を。

 殿下の執務室へと、足を進めたのだった。




 実はこの時期に薬を回収したのは、子供が生まれることを預言されていたからなのだと。

 二人目が生まれてその顔を見に来た時に、大お母様はようやくこの時の別の真実を教えてくれた。


 なるほど世界に愛されると言うのはこういう事なのかと。

 私と殿下は二人して、妙に納得してしまうのだけれど。


 それはまた、ずっと先の未来のお話。

















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