おまけ① ~英雄と呼ばれた男~
第1話 それは必然の出会い
「フィリベルト!?出たらだめだって言ったでしょうが!!」
「フォルビア……?うん、ごめん…分かってたんだけど……」
フォルビアと呼ばれた少女が駆け寄った先で、地面に放心状態でうずくまっていた少年がゆっくりと顔を上げた。
左頬は赤く腫れあがり、服の下に隠れた腕は思うように動かないのか、だらりと垂れ下がっていて。
不思議な色合いの瞳は、それでも輝きを失わない。
だからこそ余計に、その姿が痛々しく見えた。
「あいつらっ…!!また引きずり出されたの…!?」
「うん…。でも仕方がないんだよ。こういう、時代だから…」
世界信仰が全てとされているはずなのに、その世界を支配しようとする運動が起こる時代。
こんな時代に生まれてきてしまったからこそ、彼のような他人とは違う存在は疎まれ暴力を振るわれる。
美しいとされるものは、より世界に愛されている。平等ではないのなら、世界が愛するものを全て奪い去ってしまえ、と。
「フィリベルトは何も悪くないでしょ!?」
青と茶それぞれの瞳の色の両親から生まれてきたフィリベルトは、完全に瞳の色が交じり合わない不思議な色合いを持って生まれてきて。
フォルビアは、幼い頃からその瞳がお気に入りだった。とても綺麗で、宝石みたいで。
けれど、大人たちはそうは思わなかった。
美しすぎる色合いは、世界に愛された証拠だと。
不公平の象徴だと、何もしていないフィリベルトに彼らの悪意は容赦なく向けられて。
両親は彼をおいて、逃げてしまった。
自分たちも同じように暴力を振るわれるのを恐れたのもあるが、美しい瞳を持つ子供を生み出した彼らもまた、悪意を向けられる対象になっていたのも事実。
命の危険を感じたのか、ある日忽然と姿を消してしまっていた。
それ以来、フィリベルトはたった一人きりで生きている。
幸いにも自宅は残っているし、自分一人で暮らすだけならば菜園もある。
ただ普通に外出は出来なかったし、日用品を手に入れるのも一苦労だった。
そんな中、フォルビアだけは昔から変わらずフィリベルトの事を助けてくれていて。
彼女は地主の娘という事もあって、今のところは彼を庇っても何のお咎めもないが。それでもフィリベルト本人は、いつ彼女に大人たちの悪意が向くのか常に恐れていた。
それを伝えても、フォルビアは決してフィリベルトから離れようとはしなかったのだが。
「とにかく家に戻ろう。立てる?」
「……ごめん。無理」
弱々しく笑うフィリベルトに、彼をこんな目に遭わせた大人たちへの怒りをフォルビアが抑えきれなくなりそうになった、その瞬間だった。
一瞬、昼間なのに眩しいほどの光が頭上に現れて。
「何っ…!?」
「…………人……?」
二人が驚き見上げた先で、黒い人影が宙に浮かんでいた。
「ふむ……なるほど?管理者たる神がいない世界、か。世界そのものが意思を持ち、命を調整するのか。確かに興味深くはあるな。大層失敗しているようではあるが」
聞こえてきた声は、男性のもの。
決して大きいわけでもないのに、妙に体に響いてくるような耳に残るような、不思議な音色で。
「それで?その世界が、私に何をして欲しいと?まだこの世界の運命とは、出会う予定ではないはずだが?」
宙に浮いたまま、その人物は上を見上げる。さらりと揺れた髪は、透き通るような金色をしていた。
「あ、の……あなたは……?」
「ちょっ…!!フィリベルト…!!」
「ふむ…?そうか、この世界の住人がいたのか」
いきなり普通に話しかけているフィリベルトに、フォルビアは焦って制止の言葉をかけようとするけれど。
それよりも先に、宙に浮く男が二人を見下ろす。
その瞳の色は、凍てつくようなアイスブルー。
「ッ…!?」
「……なるほど、そうか。世界が望むのは崩壊の阻止そのものか」
あまりにも冷たい色に驚いたフォルビアを気にすることなく、男は一人呟く。
「美しいものを素直に美しいと思えぬなど、つまらぬ世界だな」
そうして目の前に降りてきた先で、その爪先が地面に着いたかと思えば。ゆっくりとフィリベルトに向かって歩みを進め、腫れた頬に手を添える。
「全く……。管理者がいなければ、世界はこうも容易く荒れるのか。折角の美しい瞳の持ち主だというのに。こういう状態を"もったいない"と言うのだろうか」
一人嘆息するその姿とは裏腹に、僅かにフィリベルトが光に包まれたかと思えば。
次の瞬間には、腫れていたはずの頬も動かせなかった腕も、まるで全てがなかったかのように。
「……治ってる…」
「え…!?」
何も言えずに、その場に立ち尽くしていたフォルビアも。フィリベルトのその言葉に、慌てて確認する。
目に見えていた頬も、フィリベルト自身が押さえていた腕も。
そして何よりも、立てないと弱々しく笑っていたはずの脚も。
「うそ…………。前に出来てた傷も、全部なくなってる……」
彼の体に残っていた傷は、一生残るだろうと思われていた物もあったというのに。
その全てが、きれいさっぱりなくなっていた。
「一体、どうやって…?」
「何、ただ治癒を施したに過ぎん」
そう言って肩を竦めてみせた男を、改めてよく見てみれば。
きっちりとした地味な緑色の軍服を着込んではいるが、その細身の体は見た目ほど華奢ではなさそうで。
むしろ素人でも分かるような隙の無い佇まいは、明らかに只者ではない雰囲気を醸し出していた。
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