第34話 ヴェレッツァの秘密
「……なるほど…そう、でしたか……」
全てを語り終えて、静まり返ってしまったこの場所で。
けれど最初にその衝撃から立ち直ったのも、目の前のお爺様だった。
「姫様は、何の罪も背負ってなどおりませんよ。むしろお子をしっかりと育て上げ、更には友好国であったドゥリチェーラ王国の王族へと嫁げるほどの女性へと教育なされていた。今の貴女様を見て、我々はそれを誇りに思います」
肯定されたのはきっと、お爺様が姫様と呼ぶお母様の事だけではなくて。
私自身の事も、なのだと思う。
それが合図だったかのように、住人が次々と膝をついていって。
最後には目の前のお爺様まで、その場で膝をついて首を垂れた。
「我ら聖地を預かる一族一同、今再びの忠誠を誓いましょう。新しい時代のヴェレッツァアイに。決して絶える事の無い、その美しい瞳に」
つまり彼らの主は、あくまで私だと。
ヴェレッツァアイを持つ人物だけが、彼らの主になる資格があるのだと。
きっと、そういう事だ。
けれどそうなると、ドゥリチェーラ王国としてはどうなのか。
そう思って殿下をそっと窺ってみれば。
「頼もしい事ではないか。少なくとも今この場にいる者達は全員、何があっても君を第一に考える。王族としてこれほど頼もしい民たちは存在しない」
優しい表情をして、頷いていて。
つまりは問題はない、と。
生粋のドゥリチェーラの王族である殿下が認めてくれたのなら、私が言うべき事はきっと一つだけだ。
「ありがとうございます。私もその忠誠に恥じない行いをすると、あなた方に誓います」
そしてドゥリチェーラだけではなく、ヴェレッツァという国の王族だったのだという事実も。
これでようやく、自分の中で納得して受け入れられる。
ただそれでも、一つだけ。
どうしても、謎が残ってしまっていて。
「それで?目の前にヴェレッツァの王族の血を引く存在がいるわけだが?」
「お願いします。お話ししていただけませんか?」
薄氷花は、咲いていないだけで枯れてはいないと。
そう言い切れる、理由を。
「えぇ、もちろんでございます。ですが……」
そっと私たちの後ろに目を向けたお爺様が見ていたのは、王族の外出のためについてきていた数名の護衛たち。
「全員に、というわけには参りません。警備を手薄にしたいわけではございませんので、他の者達はここで待機させましょう」
「その代わりに、護衛も最小限にしろと言うわけか」
「本来であれば、王族の方のみをお連れする神聖な儀式のようなものなのです」
「ふむ、なるほど。であれば、今回はそれに則ろうではないか。ただし、私も同行するが構わぬか?」
「よろしいのですか?英雄様の血を引いておられるとはいえ、貴方様も王族では?」
「だからこそ、だ。我が国の英雄王が授けた花であるのならば、是非ともその姿を見てみたい」
つまり、護衛は連れていかない代わりに殿下は一緒に行く、と。たぶんそういう事なのだろう。
確かに薄氷花は、英雄様がヴェレッツァアイを持つ初代ヴェレッツァ王に贈った花らしいから。
そう考えれば、ヴェレッツァだけではなくドゥリチェーラの王族にだって、真実を知る権利はあるような気がする。
「我らは主たるヴェレッツァアイを持つお方に従うのみです」
どういたしましょうか?と。
聞かれた私に、殿下のその申し出を断る理由なんて一つもなくて。
「連れていってください。危険はないと、信じていますから」
「承知いたしました」
実際ここで何年も過ごした母が、ドゥリチェーラ王国の王都で普通に暮らしていたのだから。
それに安全だと判断されたからこそ、ここに逃がされていたのだろうから。
そこを疑う必要なんて、何もない。
何より。
殿下が一緒にいるのに、危険な目に遭う事なんてあるはずがなくて。
実は服の下に常にいくつか武器を隠し持っていると聞いたのは、宮殿を出る直前だったけれど。
それが常だったのなら、むしろ心強い。
ただちょっと疑問だったのは、あの働きづめの中で一体どこに体を動かす時間があったのかという事だけれど。
そこは、まぁ……聞かないでおくことにした。
なんとなく、呆れる内容なんだろうなと想像がついたから。
きっと何度もセルジオ様に怒られていたんだろうな、なんて。思ったら少しだけ笑ってしまった私に、殿下は不思議そうな顔をしていた。
そんなことを思い出しながら、お爺様の後を私と殿下の二人だけがついていく中。
見えてきた先には、広く開けた場所に小さな小屋が一つだけ建っている場所。
「ここで少々お待ちください」
そう言って一人だけ小屋の中に入って行ったお爺様が、今度はその手に鉢植えを一つだけ抱えて出てきたけれど。
「蕾……?」
「これこそが、ヴェレッツァの最大の秘密でございます」
この寒さに向かう時期に、細かい産毛が生えた白いレースのような葉を茂らせた、一輪の植物の茎の先。
開く予兆すらない、小さな蕾がそこにはついていた。
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