第30話 真実を探しに

 無事に領地がドゥリチェーラの物になったと聞かされたのは、それからひと月経たないくらいの頃だった。


 予想以上に迅速に事が進められて、妨害すら何一つなく。

 本当に書面上でも正式に両者の捺印が押され、あっけなく聖地とされていた山はドゥリチェーラの領地になった。


 ただ、そこに住む人たちは英雄様の国だからとある程度までは受け入れてくれているらしいけれど。

 どこか一線を引いているように見えると、報告が上がってきているらしい。


 そして以前私のお母様が働いていたパン屋の主人が見つかり、話す機会が出来た時。

 その理由を濁しながらも、それでも出来得る限り伝えようとしてくれたのは。



「結局、私自身が行ってみるしかないみたいですね」

「そのようだな……」


 なんだか少し納得がいっていないようだけれど、それでもこればかりはどうしようもない。


 聖地を預かる人たちにとって、あの山はあくまでヴェレッツァアイを持つ人たちの物で。

 たとえ英雄様の子孫であったとしても、全てを話してはくれないだろうとの事だった。


「まさかシスターまでヴェレッツァ出身だったことには、流石に驚きましたけれど…」

「それは私も同じだ。だが同時に、あの教会の孤児院に君がいた理由も、前宰相がそこにこだわった理由もよく分かった」


 聖地についてはあまり詳しく話してはくれなかったけれど、代わりに他にどこの誰がヴェレッツァからやってきた人なのか、そしてお母様が本当にヴェレッツァの王族だったのかを、彼は話してくれた。


 結果、やはり間違いなくお母様はヴェレッツァの、末の姫だったことが判明して。

 そして最後の王族を守るために、少数精鋭で動いていた人たちがいたことも聞けたから。

 今後は彼らとも話をしてみたいと言ったら、それはそれは喜んでくれて。


 私にとっては母親の職場の、時折会う優しいおじさんだったから。

 その人が実はヴェレッツァの宮廷料理人だったとか。

 一番仲が良くて私を気にかけてくれていたシスターが、実は腕の立つ女性騎士だったとか。


 そんな人たちに囲まれていただなんて、想像もしていなかったし。

 今だってちょっと信じられない。



 そして同時に、彼らに守られていたのだという事実も。



「この情勢を、彼らは読んでいたのかもしれないな。だからこそ、カリーナ自身にも真実を教えてこなかった」

「ヴェレッツァ復興の旗印にはしたくなかったと、言っていましたもんね……」


 生き残りの王族。

 国が滅んだ人たちにとって、それはたった一つの希望になり得るのだと聞かされて。

 けれどだからこそ、利用される可能性や暗殺される可能性もあったのだと。

 今更ながらに知った自分の違う方面での価値に、恐れおののいたのは私の心の中だけの話。


 おそらく殿下には、気付かれていただろうけれど。


「その判断は正しかったと言わざるを得ないな。特に君のその瞳は、かつてのヴェレッツァの土地に行けば明らかに王族だと容易に判断できてしまう」

「でもだからこそ、私が行く必要があるんですよね?」


 ドゥリチェーラとヴェレッツァにとっての、聖域に。


「そう、なのだが……」

「一人で行くわけではないですよ?」

「当然だ。一人でなど行かせるわけにはいかぬ」


 だからって、王弟殿下本人がついてこなくてもいいでしょうに……。


 とは、決して口にはしない。えぇ、決して。

 たとえ本人にそれが読み取られていたとしても。


「どちらにしても、一度話を聞いてみたいと思ったのは私自身なので」


 複数いるお母様と一緒にこの国へやってきた人の内、一人は身軽に動き回れる仕事についているらしく。

 パン屋の主人が、彼に先に聖地に向かって事情を説明してもらいましょうと言ってくれているから。

 だから正直、そこに住む人たちに会う事自体は何一つ問題はない。


 けれど。


「それでも、だ。何より侵略を常としている国が、何事もなく領地を他国に渡したこと自体怪しすぎる」


 最初に罠の可能性もあると口にしていたけれど、本当に何事もなく山一つドゥリチェーラの領地になってしまったから。

 ますます怪しいと、時折陛下と二人話し込んでいるのは知っている。


 何より今更知ったのだけれど、実は殿下はこの国の軍事を預かる身らしくて。


 当然最高指導者は陛下なのだけれど、陛下自身が指揮をとる事はまずもってない。

 代わりに弟である殿下が、実質的に彼らを動かす立場にいるらしい。


 トップも王族なら名代も王族って、それ最早意味がないのでは…?


 そう思った私に、実は魔法だけじゃなくて剣の筋もいいのが殿下なのだと教えてくれたのは。

 他でもない、殿下のお兄様である陛下その人だった。


「護衛は当然毎回つけるが、ヴェレッツァにおいては私のこの瞳も有効のようだからな。多少は警戒心も薄れるだろう」

「逆に緊張してしまうのでは…?」

「その時はその時だ。何より友好国であったヴェレッツァ以外の国にとっては、この瞳は脅威でしかない。二重の意味で損はないだろう?」


 自信たっぷりにそう言う殿下は、どこかお茶目にも見えて。

 いや、実際には茶目っ気があるように見せているだけなのだろうけれど。


 それでも確かにと思えてしまうのは、王族でありながら守られる必要がないくらい殿下が強いのだと知っているからか。


 と言いますか、魔法も剣も自由自在に操れる上謀略にも長けてます、って……。

 このお方、王族じゃなかったとしてもその能力で相当な地位まで駆け上がっていたんだろうな、なんて。

 思ったのは私だけじゃなかったらしく、同じ王族である王妃様や陛下まで頷いておられた。


 やっぱり規格外なんだろうな、殿下って。


 今までの王族の中で、最も英雄様に近い存在なんじゃないかと言われているとか。

 そのうち本当に次の英雄になるんじゃないかって、冗談で言っている人たちもいるとかいないとか。

 慕われているのはいいけれど、英雄が必要になるくらい世界が荒れるのは困るとは、陛下の言。


 でもその陛下が一番、殿下を見る目が優しいんですけれどね。

 なんて。

 言い合っているのは、私と王妃様二人の内緒。


「とはいえ、最初からその瞳を大勢に見せるわけにはいかぬからな。少し煩わしいとは思うが、一応ヴェールを被っていくのがいいだろう」

「肝心のヴェレッツァアイが見えませんけれどね」


 一応苦笑して返したけれど、私もその意見には賛成。

 そこに住んでいる人たちが、実は入れ替わっていましたなんて事になっていても。私たちには判別がつかないから。


 そのために事前に確認も含めて、住民たちを知る人に説明に行ってもらっているわけだけれど。



 こうして私は、何らかの秘密がまだあるらしい聖地に。


 真実を探しに行くことを決意したのだった。







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