第31話 山の上の聖地
「ようこそおいで下さいました。英雄様の血を引くお方と、そのお妃様」
その言葉から、完全に歓迎されているわけではないと瞬時に判断した。
嫌味にも聞こえてしまいそうなそれは、領地がドゥリチェーラのものになった今かなりの問題になりそうなものだけれど。
きっと彼らにとっては、そこはさほど重要ではない。
大切なのは聖地を守る事。
その誇りを胸に、きっと彼らは命すら投げ出すことを惜しまない。
言葉と瞳、そして何より決意をもって向けられた表情から、私も殿下もそれを読み取れた。
だから、こそ。
「長年他国の手に渡らせたままだっただけでなく、当時ヴェレッツァを守れずに済まなかったと、陛下からお言葉をお預かりしている」
あえてそこには一切触れずに、殿下は真っ先にそれを伝えた。
実際陛下はどこか後悔が滲んでいるようにも見える表情で、そう伝えて欲しいとお城を発つ前に直接殿下を訪ねてきて。
誰かに伝言させるのではなく、ご本人の口からというあたり。本当はご自身で向かいたかったんだろうなと、なんとなく察することが出来た。
「そのような…!当時ドゥリチェーラ王国も大変な時期だったと聞き及んでおります。陛下にはお気になさらずとお伝えください」
きっと、それが伝わったんだろう。
先ほどまで警戒心だけを向けてきていた人々が、どこか驚いたような表情でこちらを見つつ。少しだけ雰囲気が柔らかくなったような気がしたから。
ちなみに事前に聞いてはいたけれど、この場所には客人をもてなすような建物など一つもなくて。
だから私たちは馬車から降りたその状態のまま、全員が外で立ったまま話している。
晴れ渡る空の元、高い山の上はいつもより少しだけ肌寒くて。
そもそも冬が近いこの時期に、草木は少しずつ勢いを落としてきているから。
どこか寂しい雰囲気のこの場所が、まさか聖地だなどとは誰も思わないのだろう。
ただそれが逆に、この場所を守る事に繋がった。
真実を知るドゥリチェーラ王国と元ヴェレッツァの住民たちが口をつぐめば、何一つ知られることもない。
「必ず伝えよう」
鷹揚に頷く殿下は、普段とは違って完全に王族としての対応をしている。
けれど高圧的にならないのは、もはや使い慣れた言葉と雰囲気だからなのか。
本当は私も見習うべきところなのだろうけれど、流石に数年で身につくものでもない、と。事前にいつも通りでいいと言われてしまった。
ただ今回に限っては、いつも通りの私であることが重要だとも言われたけれど。
「陛下御自身が、ドゥリチェーラとヴェレッツァの聖地を訪れられないことは非情に残念がっていたが。お忙しい陛下の名代として、聖地に失礼の無いよう王族二人で訪ねさせてもらった」
「はい。ありがとうございます」
「だが私たちはどちらも、ヴェレッツァであった時代に足を踏み入れたことがない。色々と当時の話や、そちらにしか伝わっていない英雄の話など詳しく聞きたいのだが?」
「構いませんが、見ての通り寂しい場所ですので。おもてなしなど出来るような準備など、一切ございませんが?」
「それこそ構わぬ。折角だ。聖地を案内してくれ」
「畏まりました」
住民全員でお出迎え、というわけではなかったとは思うけれど。
それでも結構な人数がいる中、何かしらの作業がある人だけが離れて行って。
残った人たちと、私達二人と護衛数人でぞろぞろと歩き出す。
先頭を歩くのは、当然のように先ほどから殿下と言葉を交わしていた人。そのすぐ後ろに殿下と、私。さらに護衛が後ろに続いて、最後に残りの人たちという並び。
おそらくはこの場所で一番偉い人が先頭なんだろうとは思うけれど、結構なお年を召されたお爺様だった。
とはいえ歩く姿は危なげもなく、足取りもしっかりしているから。
きっと今も現役で聖地の管理をしている方なのだろう。
さて、この山の上の聖地。
まだ一言も声すら発していない私は、その機会を窺いながら。
未だ知り得ない、何かしらの秘密にたどり着けるのだろうかと。
期待半分不安半分という状態のまま、その時が来るのを静かに待ち続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます