第28話 かつての親友 -国王視点-
「ヴェレッツァ、か……」
方々に使いを出して、ようやく執務室の中、一人息をついて。
窓の外、晴れ渡る空を見上げ。
思い出すのは、遠い遠い昔の記憶。
かつての親友が、まだ生きていた頃の。
誰もが幸せだった時の、色褪せる事の無い過去。
「このことを指していたのか…?なぁ、ヴェレッツァの王子よ……」
呼びかけたところで、彼はもう既にこの世にはいない。
ある日突然攻め入ってきたという国に、一夜にして滅ぼされた美しかったあの場所は。
今はもう、ヴェレッツァと呼ばれてはいないのだから。
『この国に何事かあった時には、よろしくお願いしますね。アルベルト王子』
そう言って向けられたヴェレッツァアイは、普段と変わらない柔らかさで。
穏やかな表情と声で伝えられたそれに、何を言っているんだと返したのは冗談だと思っていたから。
だが。
「知っていたのだろう?そうでなければ……」
末の姫がわざわざドゥリチェーラを選んで、王都の民に混じって生活するなど。
宰相との間に、たった一人の愛し子を残すなど。
そして彼女が血の奇跡で、私の可愛い弟に嫁ぎ王族となるなど。
「こんな偶然、あるはずがない」
現在の王弟妃は、存在そのものがドゥリチェーラとヴェレッツァの架け橋。
どちらの王族の血も引く彼女こそ、本当の奇跡であり。
何よりヴェレッツァというかつての国にとって、最後の希望。
あの日。
まだ父上の崩御で国が混乱に陥っている隙をついて、最大の友好国を攻撃され。
本来ならば守れるはずだったヴェレッツァを、我が国は守れなかった。
知らせを聞いた時、私も宰相も驚きを隠せなかった。
そして何より、まだ子供だった私は信じられなかったのだ。
だから、鳥たちに頼んで。
あの国の様子を見てきて欲しいと頼んだ先で。
王族全員が目玉をくりぬかれた状態で、城門の前でさらし首にされていた、と。
埋葬されることなく、体は打ち捨てられていたのだ、と。
そう、知らされ。
現実を、突きつけられて。
その惨たらしい姿は、民への見せしめ以外の何物でもなかった。
お前たちの王は死んだのだと、神聖視していたヴェレッツァアイは全て奪ってやったのだと。
そう、示すためだけに。
ヴェレッツァの民を絶望の淵に叩き落すためだけに。
事実、それは予想通りの効果をもたらしたのだろう。
あまりの惨劇に気力を失ってしまった民たちは、憤る事すら忘れてただ嘆き悲しみ。
暴動も反乱も、一切起きる事はなかったのだから。
衝撃を通り越して、もはや現実に息をすることすら出来なかった私は。
声を上げることすら出来ず、その後一人静かに涙を流した。
たった一人の親友だった。
同じ王族として生まれながら、彼は私よりもいくつも年上だったというのに。
ヴェレッツァの王族にとってドゥリチェーラの王族は、その瞳は特別なのだと笑いかけてくれて。
氷の王だなんて、英雄に対して失礼だなんて憤ってくれて。
たくさんの事を、教えてくれた。
たくさんの事を、学ばせてくれた。
数多くいるというヴェレッツァの王族の中で、一番年が近かったからというのもあるのだろうが。
私たち自身の相性も良かったのだろう。
同じ王子同士、話すことは尽きなくて。
時折お互いの国を行き来しつつ、常に手紙でのやり取りは欠かさなかった。
この先も変わらず、ドゥリチェーラとヴェレッツァは友好国であり続けるのだと。
そう、信じて疑わなかったのに。
「奪われるのは、本当に一瞬だな……」
それが幼い子供の幻想だったのだと、思い知らされた。
だが、だからこそ。
「約束は、果たそう。ドゥリチェーラにとって、ヴェレッツァは唯一無二の友好国だ。たとえ国という形ではなくなったとしても、ヴェレッツァの名は必ず残す」
我らが始祖に。
薄氷の英雄と呼ばれた、我々の英雄王に誓って。
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