第24話 寝物語と英雄
「くぅ~~ん…」
「ふふ。気持ちいい?」
殿下の私室で、久しぶりに殿下と私とダニエル君の二人と一匹だけになった途端。ものすごい甘えてくるダニエル君を、私も心ゆくまでモフモフしていたら。
「すごい格好になっているな、ダニエル」
笑いをこらえているのか、少しだけおかしそうな声色でそう殿下が言うくらい。今のダニエル君は、あられもない格好をしていた。
「お腹を撫でられるのが好きなんでしょうね」
「確実に人は選ぶだろうがな」
床の上でごろりと寝転がって、仰向けになって。気持ちよさそうに目を細めながら、無防備な姿をさらす白い大型犬。
尻尾は嬉しそうに揺れているし、普段から笑顔に見える口元からは舌が出てしまっていて。
本人(本犬?)は普段、この部屋を守っているつもりでいるらしいと殿下から聞いたけれど。
今の姿を見れば、その威厳は欠片も感じられないだろう。
とはいえ。
「本当に、すごく可愛いです…!!」
「甘えられる相手だと認識されているからこそ、だろうな。ダニエルから見て、カリーナは私の番らしい」
「まぁ…!!ダニエル君、なんてお利口さんなんでしょう…!!」
人間の関係性もしっかり把握しているあたり、本当にこの子は頭がいい。
「わふぅ~~……」
「くくっ…満足そうな声を出して…」
「気持ちいいですか~?」
流石にこらえきれなくなったらしい殿下が、口元を押さえながら肩を震わせて笑っている。
その姿を横目で見ながら、それでも私はダニエル君を撫でる手を止められなかった。
だってこんなに可愛くて、こんなにモフモフふわふわで、気持ちいいんだもの…!!
しばらくそうやって撫でて、撫でて、撫でて。
私もお手入れが完璧に行き届いている毛並みを堪能していたら。
「……あら…?」
聞こえてきたのは、すぴーという控えめな寝息。
どうやら気持ちよくて、そのまま眠ってしまったらしい。
「安心しきっているではないか。まるでカリーナがダニエルの母親のようだな」
「ふふ。だとしたら、私は随分と可愛い息子を産んだんですね?」
「何。その内もっと可愛い子を産む事になる」
「……もうっ…」
そっと後ろから抱きしめてくれる殿下は、言いながら私の頭に口づけを一つ。
途端に甘い空気に塗り替えられた。
「読書は?もういいんですか?」
「君とダニエルの戯れがあまりにも面白すぎて、読書どころではなかったぞ?見ていて本当に飽きないな」
そう。本当は今日は、殿下は久々に出た新刊を読むために。私はダニエル君と戯れるために。ここに二人揃って足を運んだはずだったのに。
結局少し読んだだけで、しおりが挟まれた状態の本がテーブルの上に見えた。
「本当にアルフレッド様は読書がお好きですね」
「読書がと言うか……元々私は本を読むかダニエルと戯れるかの二択しかないくらいに、趣味がない人間だったからな」
「お仕事ばっかりでしたもんね」
仕事人間だという事は、それはもうよ~~~っく知っている。
本当に出会った最初の頃は、ずーっと仕事仕事。
人として色々大丈夫なのかと、割と本気で心配したくらいだ。
「今ではカリーナを愛でるのに忙しいからな。執務など早く終わらせるべきだと、ようやく気付いた」
「……お…お手柔らかにお願いします…」
「善処はする」
あ、これ結局毎回私が恥ずかしくなるだけなのは変わらないやつだ……。
殿下の言う善処は、あくまで殿下にとっての善処であって。
手加減はするよ?でも回数は減らさないよ?むしろその分増やすかもよ?という意味合いの可能性だってあるのだ。
まぁ、うん。
私も私で、それを喜んでしまっているので。
まぁ、いっか。と。
結局は殿下に流されてしまうのだ。
なんだかなぁと思いながら、ふっと目を逸らした先。
「あ、れ……?」
見慣れていたはずの本棚の中に、一冊だけ。
殿下が手元に置いているには、あまりにも意外過ぎる本があるのを発見して。
「どうした?」
「いえ、その……あれ、って……絵本、ですよね…?」
比較的豊かなドゥリチェーラ王国では、本は庶民でも手に入らないくらい高いものではなくて。
ただどうしても子供用の絵本だったり、娯楽のための物語だったりが多い。
けれど殿下の私室にある本たちは、娯楽本の方が少なくて。
今回の新刊も、確か歴史の新しい見解が発表されているから購入したのだと聞いていた。
なのに。
薄くて、けれど色のついたあの本は。
明らかに、子供用の絵本。
「あぁ…。あれは特別なものなのだ。王族のための、寝物語と言ったところか」
「寝物語……」
「ドゥリチェーラ王家の子供たちは、必ずあの本を贈られる。一人一冊、必ずだ」
「それを……寝る前に、読んでもらっていたんですか?」
「字が読めないほど小さな頃はな。ある程度成長してからは、時折出してきては自分で読んでいた」
なるほど。
王族専用という事は、当然陛下も同じ物語を持っていて。
それぞれ自分だけの本を、こうやって大切にしているのだろう。
「どんなお話なんですか?」
「読んでみるか?」
「え、いいんですか…!?」
「君は既に王族だろう?王族のための本だ。カリーナが読んではいけない理由など、一つもない」
そう言って殿下は私をソファまでエスコートしたかと思えば、自分は座らずに本棚まで向かって。
薄い絵本を手に取って、私の隣に腰かけてからその本を差し出してくれる。
「ありがとうございます」
お礼を言って受け取って、表紙を見れば。
「『英雄王』……」
本のタイトルと、金の髪を靡かせた一人の男性の絵が描かれていて。
どことなく、既視感を覚えながら。
ぱらりとめくったページの、その先で。
見慣れた淡いブルーの瞳と、よく知っている物語が目に飛び込んできた。
「アルフレッド様っ…これっ…!!」
「ん…?」
「これ…!!
世界を救ったという、伝説の英雄。
まさかその実話が、絵本になっていたなんて…!!
そう思って興奮する私を、殿下が驚いたような顔で見つめていたなんて。
本に夢中になっている私は、全く気付いていなかった。
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