第25話 氷の王か、薄氷の英雄か
よく知っている物語だと、懐かしくなりながらパラパラと本のページをめくる。
異なる世界からやってきた英雄は、崩れかかっていたこの世界を救い。国を作り、とある女性と結ばれて。
子供や孫たちが大きくなり、国も世界も安定したのを見届けて。
伴侶となった女性が永遠の眠りについたその日に、元の世界へと帰って行ったと。
小さい頃、私もこの物語が好きで。よく寝る前にねだっていた。
その珍しい瞳の色から『
そして。
このドゥリチェーラ王国こそが、その薄氷の英雄が作り出した国なのだ、と。
だから王族は全員、英雄と同じ色を持っている。
金の髪に淡いブルーの瞳。
まるでアイスブルーのようなその色は、世界中探してもドゥリチェーラ王国の王族しか持っていない。
たとえ王族の姫が嫁いだとしても、その先では決して同じ瞳の色は現れないのだと。
だからこそ特別なのだと。
優しい声がそう話してくれていたことを、今でも覚えている。
鮮明に、思い出せるほどに。
「何故、それを……?」
一人懐かしい思い出に浸っていたら、横から聞こえてきた声。
見れば殿下がこちらを、その特別な淡いブルーの瞳を見開きながら驚いたような顔で凝視していて。
「え…?」
「何故『薄氷の英雄』の名を、君が知っているのだ…?その名を知るのは、もはやドゥリチェーラの王族と……」
問いかけているようで、実際には独り言に近かったのかもしれない。
事実何かに気づいたようにハッとした殿下は、一人考え込むように俯いてしまったから。
とはいえ、聞かれたのに答えないというのもなんだか気持ちが悪いので。
「え、っと……この国では、初代国王様の事を英雄様と呼びます、よね…?」
「……そう、だな。もはや英雄と呼ぶ国の方が少なくなってしまったが…」
「え!?じゃあ他の国では英雄様の事をなんて呼んでいるんですか!?」
世界を救った方を、英雄と呼ばずして何と呼ぶのか。
そう、素直に疑問を口にした私に。
「……『氷の王』…。その冷たい瞳の色と、冷酷とも思える判断を次々と下したドゥリチェーラ初代国王を…ほとんどの国の人間が、そう呼ぶ」
「氷の……王…?」
確かに王国の初代王だけれど。
英雄ではなく、王?
「御伽噺のような史実だからな。本当の歴史かどうかも怪しいとまで言われている。だがその反面、この瞳の色は他国にとって恐ろしさの象徴以外の何物でもない」
「瞳の色、が…?」
いつも優しい色をしている、淡いブルーの瞳が?
陽だまりのような暖かい空気を、一瞬で作り出せるこの瞳の色が?
「…私には、その方が理解できません。アルフレッド様の瞳の色は大好きですし、安心します。その瞳に見つめてもらえる時間が、私にとっては何よりも幸せな時間なんです」
恐ろしさの象徴だなんて、そんなことはない。
むしろ私にとっては、優しさの象徴で。
なのに。
「そう思うのは、ドゥリチェーラの民たちと……滅んでしまったという過去の友好国の王族や民たちだけなのだろうな…」
少しだけ自嘲気味に笑う殿下は、どこか諦めてしまっているようにも見えた。
「だがそのおかげで、我が国が外から侵攻される事が極端に少ないのも事実だ。都合がいいので訂正もせず、そのままにしている。だから……」
「アルフレッド様…?」
頬に添えられた手は、やっぱりいつも通りあたたかくて優しくて。
「そんな顔をしないでおくれ?君がこの瞳を好きだと思ってくれているのであれば、私はそれだけで十分だ」
ふわり、と。
やっぱり優しく細められる淡いブルーの瞳は、どこまでも……どこまでも、甘く。ひたすらに、優しさだけを映していた。
初代国王陛下は、果たして氷の王か、薄氷の英雄か。
そこは今、私達が議論を交わしても仕方がないのかもしれないけれど。
それでも私にとっては、英雄様は英雄様。
この国を作り上げた、偉大なお方で。
そして殿下の、遠い遠いご家族で、始まりの人。
「だが、そうか……。考えてみれば、カリーナの中にもその『英雄』の血が流れているのか…」
「え……?」
「血の奇跡とは、王族の血が色濃く出たことによって顕現する能力だ。元を辿れば、どの能力も全て英雄が有していたと伝えられている」
「え、でも……普通は一人一つしか持てないのでは…?」
「私達は、な。だが英雄は特別だった。この世界の人間ですらない。一説によれば人をも超越した存在だったのではないかと、そう言われているくらいだ」
頬に添えられた手に擦り寄っていたら、今度は別の方向から驚くような事実が落とされて。
けれど確かに、魔法とは違う形態だとするのであれば、確かに英雄様から受け継いだ能力だというのは納得できる。
だから血族にしか現れないのだという事実も含めて。
「その血を受け継いだ君が、薄氷の名を知っていた。そしてその瞳。やはり偶然とは、思えんな」
静かな部屋の中、確信をもって呟かれた言葉は、普段より大きく響いたような気がして。
何らかの決意をもって向けられたその視線が、私を射抜いていった。
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