第13話 ベッドの中の住人と化しました

「あんなものは狂気の沙汰だ」


 そう言って後悔している殿下は、しばらく私に触れようともしてくれなくて。



 あの日私がいたのは、本当にただの偶然だった。

 たまたま、相談があって。

 この時間なら殿下が昼食から帰ってくる頃だろうから、執務の邪魔にもならないしいいだろうと思ったから。

 だから向かった先で。


 まさか、殿下が媚薬に侵されているなんて、思いもしなくて。


 でも迷いも躊躇いもなかった。

 驚いただけで、これなら私にも何とか出来ると思ったから。



 と、言うか。



 私以外の誰かになんて、任せたくないと思った。


 それはただの独占欲だし、私のわがままに他ならなかったのに。



 全てが終わって媚薬が完全に抜けたらしい殿下は、泣きそうな顔でひたすらに謝ってきていて。



 あぁ、困ったなぁ、なんて。

 思いながらまどろみの中に落ちていったら。




 気づいたら、翌朝でした。




 そして現在、立派なベッドの中の住人と化しました。



 いや、だって。動けないんで。

 本当にもう、歩くどころか立つことすら困難。


 そのくらいめちゃくちゃに、その……うん……。

 だって殿下、ほんとにすごかったもん……。


 でも本気で嫌だと思ったわけじゃない。

 だってきっとあのまま放っておいたら、殿下が一人だけで苦しい思いをしていただろうって聞いたから。

 後悔なんて、私は一つもしていなかったんだけど……。



「カリーナ……」



 あれから元気のない殿下は、どうしたらいいんですかね……?



 あといい加減、触れて欲しいんですが?


 少しぐらい抱きしめてくれてもいいと思うの。

 圧倒的に触れあい不足なんです。


 そう思う私は、我儘ですか?



「殿下……お願いですから、いい加減ご自分を許してあげてください」


 動けない私のお世話をしてくれている女官がいるので、今はとりあえず殿下呼び。

 本当はこういう時こそ、アルフレッド様って名前を呼びたいんだけどね。


「そういうわけにはいかぬ。現に今、カリーナは起き上がるのがやっとではないか」

「でも原因を作ったのは、全然関係のない貴族でしたよね?」

「あぁ。あの後執務室に出向いてきた愚かな令嬢を捕えさせ、その父親から全て聞き出した。もう二度と事を起こせぬように、一族もろとも貴族位も剥奪の上国外追放。本人達は処刑した」


 過激なように聞こえるけれど、彼らがやったのは立派な犯罪行為であり、王族への不敬などというものでは済まされない罪。

 第一それを許してしまっていては、王族の威厳も保てない上同じことをしようとする貴族が現れかねない。

 だから、実行犯は処刑。


 仕方がないこととはいえ、その言葉にはまだ慣れない。


 今回が私ではなく、殿下に媚薬を盛っていたという事実が一番の問題で。

 そんなことが出来る所まで人を潜り込ませていた上に、それがお金と権力で脅すという酷いやり方だったから。

 しかもどうやら殿下のお手つきを狙うために、本来は使ってはいけない薬や魔法もたくさんの人に使っていたらしい。

 当然やりたくもないのにやらされた側は、罪悪感に苛まれていたことだろう。


 何より。


 弟を溺愛している陛下が、それはそれは物凄いお怒りだったとか。


 あ、ちなみにうちのお兄様も激怒していたと後から聞きました。


 国王陛下と未来の宰相が手を組んで、それはそれは迅速に事が運ばれた、と。

 知りたくもない情報を聞かされて、一瞬意識が遠のきかけたのは……つい、さっきの出来事なんですけれどね?


 準備を整えてくれていた女官がそっと退室したのを横目で見てから、我慢できなくなった私はぷっくりと頬を膨らませて抗議する。

 子供っぽいと分かってはいるけれど、いい加減我慢の限界なのだ。


「アルフレッド様のばか。少しぐらい抱きしめてくれてもいいじゃないですか」


 まだベッドに入ってこようとしないその人を睨めば、困ったような顔をして眉を下げている。


「反省している最中なのだ。そんな可愛いことを言って惑わせないでおくれ?」

「惑わされてくださいよ。寝る時も起きた時もずーーっと、一切触れてもくれないくせに。私は寂しいんですっ」


 ふんっと、頬を膨らませたままそっぽを向く。


 だって私は動けないから、ずっとこの部屋に一人きりなのだ。

 確かに女官の人たちが色々とお世話をしてくれていて、何不自由なく過ごせているけれど。


 その分圧倒的に、殿下が足りない。


「……カリーナ…」

「……私、甘えられる相手はアルフレッド様しかいないんですよ…?それなのに、ひどいです……」


 王弟妃だから、そう簡単に家にも帰れないし教会の孤児院にも顔を出せない。

 今では顔見知りだし慣れたけれど、最初は誰一人知らない人たちに囲まれて生活していたのだ。


 それが今度は、唯一甘えられる夫にまで距離を取られたら。


 寂しいとか悲しいとか、そういう次元すら通り越して。

 どうすればいいのか、分からなくなる。


「いやだなんて、思わなかったのに……。私が、触れて欲しいのに……」


 普段だったらこんな事言わないし、言えない。


 でも今は……。

 言葉にしなければ、どうやったって伝わらないから。


「せめて……ぎゅって、抱きしめて欲しいです……」

「っ……カリーナっ…」


 泣くのは卑怯だと思った。だから必死に泣かないように、目元に力を入れて。

 不安な心の内をさらけ出してしまわないように、ベッドのシーツを掴んで。



 でも本当は、そんな必要なんてなかった。


 だって殿下は、私の表情や雰囲気から全てを悟れる人だから。



「すまなかった……本当に……」

「そう、思うのなら……せめて避けるのだけは、やめてください……」

「あぁ……あぁ、そうだな…」


 ようやく抱きしめてくれた殿下の腕の中は、あったかくて安心して。

 ずっと、ここにいたくなる。


「カリーナ……私の最愛…」

「はい、アルフレッド様…」


 きっとまだ、すぐには殿下の中の後悔だとか葛藤だとか、そういう色々な感情に折り合いはつかないんだろう。

 今だって、抱きしめてくれてはいるけれど。

 口づけ一つ、降ってこない。


 でも、それでもいい。


 今はただ、これだけでも。


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