グラナダ

heavy blue-lupus

第1話 CG【カミングギャラクシー】

ADという歴号を廃止しようと話が持ち上がったのは、2900年代初頭であった。2000年代、宗教戦争はエネルギー戦争へと様相を変えた。その後2100年代には難民問題が再燃し、2200年代にはエネルギーの枯渇により一端の収束を見せたものの、2300年代に来訪した”銀河の果ての小さな民族”たちのユダヤ人賛美により、再び中東情勢は悪化した。なお、この”銀河の果ての小さな民族”は歴号が変わった今でも正体不明であり、一説にはイスラエルが仕組んだ民族自尊のためのお芝居であるとも言われている。2400年代から2900年代にはイスラエルはヨーロッパとアメリカを掌握し、神の国を樹立した。他方中東諸国は東側、中国、ロシア、アジアを支配下に置き、インド洋と太平洋を掌握した。国力、軍事力、経済力、どれを比べても双方は均等の力関係であったため世界は代理戦争に巻き込まれ殲滅の危機に瀕した。


2900年代初頭に現れたのはイエスキリストでもマホメッドでもなく、ひとりの正しい経済人であった。名前はソウタ・クニトミ、日本人である。ソウタ・クニトミは中東諸国にも神の国にも属さない、経済特区に生まれ育ち世界の経済をけん引していた。どちらの陣営もソウタ・クニトミの知恵を取りこもうと、様々な接待をしたが、彼はのらりくらりと接待を朗らかにかわしていた。

いつもの接待の席でソウタ・クニトミは、歴号を変えるならどちらの陣営に所属するかを考えてやる、約束すると伝えた。両方の陣営にである。

双方は知恵を絞り、新しい歴号を考えた。

それがCG「カミングギャラクシー」であった。


歴号が変わると世界は変わった。両陣営から独立する国が続々と出た。もともと政治的言語力で統制していた連合である、たったひとつの言葉の変化で国々の求心力は失われたのだ。


CGに歴号が変わると、世界は以前よりもより経済主体のコミュニティが形成されていった。小さな経済特区が乱立し、パスポートが廃止され、自由な行き来が可能になった。納税の義務はなくなり、そのかわり自己責任が主流となっていった。人々はより健やかに前を向いて働くようになった。公共施設はカンパにより、コミュニティの専門家に委託された。コミュニティ同士の交流は盛んになり、住む場所もより個人的な意思により決定することが主流となっていった。



CG228年の6月、スペインのグラナダに観光に来ていたのはアマネ・クニトミであった。あのソウタ・クニトミの末裔である。恋人のアレックスがどうしてもグラナダに来てほしいと駄々をこねたのだ。いつものことと彼女はすぐに飛行機に飛び乗って、今夕景をふたりでみつめている。

アマネにとってグラナダは不思議な場所であった。美しく悲しく狂気に満ちた血の色をしている、そうアレックスにグラナダの夕景をほめちぎると、アレックスは珍しく顔をしかめた。血の色に例えるなど悪趣味だと。まるで悪夢の預言のようだと。


翌日、グラナダに尖塔が出現した。

人々はさほど驚くこともなく、「俺はバルセロナに瞬間移動したのか?」と一瞬にして流行のジョークが生まれたほどだった。アマネはそんな世界の無関心と鈍感さに気味悪がってホテルの部屋の片隅でぶるぶる震えていた。もちろん、アレックスもこの不気味さに部屋を出られず、アマネをただ抱きしめ自分を落ち着かせようとしていた。


翌日尖塔から鐘楼が世界中に鳴り響いた。

スペインの真裏はニュージーランドだが、その鐘楼の音はニュージーランドのひとりひとりにも間違いなく届いていた。スペインにいるひとりひとりにうるさいわけでも、ニュージーランドのひとりひとりに小さいわけでもなく、平等に情報のように鐘は鳴り響いた。


時は来たり。

その言葉を鐘の音の中に聞いたのはただ3人、黄色人種のアマネ・クニトミと白人でドイツに一時滞在していたマルクス・シュタイナー、そして中国で生まれ育った黒人のジョセフ・ローレンだった。




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