第十四章 ②
慟哭がゼルの背骨から駆け上がり、口から溢れ出した。地面に転がった機操剣は血の海に半ば沈んでいる。
生きている人間はゼルしかいなかった。
男の目の前に、フレンジュが倒れている。もう二度と目を覚まさない。彼女の生は、もう終わったのだから。
視界が透明に歪んだまま、拳を地面に叩きつける。指の皮が剥け、肉が削れても、何度も何度も殴る。こんな痛み、フレンジュを失ったことと比べたら大したことない。どうして護れなかった。なんで救えなかった。
どうして、こんなことになった?
「……うるさいわね、馬鹿」
「わっ!」
人間、本当に本気で驚くとそんな声しか出せないのだとゼルは尻餅をついて目をしばたかせた。
フレンジュが目を開けたのだ。
見間違いじゃない。
聞き間違いじゃない。
「フレンジュが、生きてる?」
「なによそれ。まさか、私が死んだと想ったのかしら。上手く、急所は外れたみたいね。けど、今すぐ病院に行きたい気分だわ」
ゼルの行動は早かった。機操剣を地面に捨てたまま、フレンジュを抱きかかえる。今は彼女しか見えなかった。
腕から伝わる熱に、柔らかさに、嘘ではないと信じられた。なにもかも嘘で、自分の早とちりで、猛烈に恥ずかしい。
「俺、てっきりお前が死んだとばかり」
「じゃあ、今喋っている私は亡霊かなにかなのかしら?」
「こんな綺麗な亡霊がいるなら、俺は喜んで首を括るよ」
「駄目よ、それは」
力強い言葉だった。ゼルの腕の中、フレンジュが困った顔で微笑む。
「あなたは生きなさい」
「生きるさ。お前と一緒に」
「……そう。素敵ね」
「ああ、そうだ。この世全ての幸福を集めても足らないほど、俺は幸せなんだ」
とても、とても素敵だった。
どんな毎日になるか夢想する。おはようのキスで始まり、おやすみのキスで終わるのか。危険な仕事なんてやめよう。堅実に銀行員になろう。そして、休日は公園へピクニックに出かけるのだ。
「なあ、フレンジュ」
「なに?」
「愛している」
「唐突ね」
「愛はいつだって唐突だ」
あの日の出会いだって唐突だった。
「私も、ゼルのことを愛しているわ」
胸の奥に心地良い風が吹く。こんなに幸せでいいのかと、ゼルは固くまぶたを閉じた。目頭から込み上げた熱が肩を震わす。
「ありがとう、ゼル。私を愛してくれて」
そして、眩しい光。
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