第19話 スタジオの主

 四人でレコーディングスタジオへと向かう。


 着いたのは、幽霊が出そうなおどろおどろしい建物――ではなく、モダンで真新しい洋館だった。


「ここですか?」


 沖さんの問いに、古賀さんが答える


「ああ、この物件が安かったんで、レコーディングスタジオに改装したんだ。でもまさか、祠があったり工事中に人が死んでた場所だっただなんて」


 確かに、こんな綺麗で新しい建物に幽霊が出るだなんて誰も思わないよね。


「ふむ」


 沖さんが地面を踏みしめる。


「ここはかなり地盤が悪いね」


「元々、沼か湿地だった所を埋め立てたのかもしれませんね」


 國仲さんの答えに、沖さんもうなずく。


「だね。これは地震とか大雨が来たらひとたまりも無いんじゃないかな。どっちみちあまり良くない物件だよ」


 二人の会話に、古賀さんは不安そうな顔をする。


「そうなのか? 悪霊が出る上に地盤まで悪いだなんて」


「ま、とりあえず中に入ってみようか」


 古賀さんが鍵を開け、私たちも中に入る。

 とたん、凄まじい悪寒が私を襲った。


 ――ドクン。


 な、何これ。


 体の芯から冷えるような嫌な感覚に、目眩と吐き気。


 間違いない、ここには何かいる。

 今までにないほど、強い何かが――。


「千代さん、大丈夫?」


 きっとそうとう青い顔をしていたのだろう、沖さんが心配そうな顔をして手を握ってくる。


「はい。少し、気分が悪くて」


「僕も、ここは嫌な感じがしますね」


 國仲さんも口元をハンケチで押さえる。

 どうやらここの嫌な気配は國仲さんも感じたみたい。


「な、何だよ皆して」


 一人、不安そうな顔の古賀さん。


 沖さんだけは不敵な笑みを浮かべ、天井の辺りを見上げた。


「うん……いるね。それも大物だ」


 大物って?

 私は沖さんの手をぎゅっと握り返した。


「みんな、下がってて」


 沖さんはそう言うと、低く祓詞を唱え始めた。


 ピシ……ピシ。


 沖さんの声に呼応するように、低く家鳴りがする。家具もガタガタと地震のように揺れだす。


「家具が……」


 ポツ、ポツ、ポツポツ。


 外では雨が降ってきた。

 程なくしてそれは土砂降りになり、屋根を雨粒が打ち付ける音が辺りを支配する。


「うん。みんな、僕の側を離れないようにね」


 沖さんの言葉にうなずいたその時、目の前に真っ黒な霧のようなものが現れた。


「これは?」


 國仲さんが口を開く。


 沖さんがゴクリと唾を飲む音が聞こえた。


「これは……大物だね」


 私たちが警戒しながら見つめていると、黒い霧は、どんどん長くなっていく。まるで蛇のように――。


 いや、これは蛇じゃない。足がある。これはまさか――龍!?


「ふむ、これがこの地に住んでいるだね。こんなに大物と対峙するのは久しぶりだ」


 沖さんが興奮したような口調で言う。


「ヌシ……ってことは、これが例の祠に祀られてた?」


「うん。みずちの成れの果て……ってとこかな。打ち捨てられた水神の一種だ」


 水神……。


 それって大丈夫なの? 


 ビリビリと強烈な湿気寒気が襲う。本能的に、その場から逃げようと後ずさる。


「やはり、落ちぶれたとはいえ、結構強いね」


 窓の外は本格的に嵐になっていた。低く雷が鳴り、空を切り裂くような稲妻が走る。


 それに呼応するかのように、蛟の体が青く光った。


「オオオオオオオ」


「まずい」


 沖さんが慌ててお札を投げる。


「狐火!」


 蛟に張り付いたお札は、ゴオッという音とともに真っ赤な火を上げる。


「やった!」


 だけど、私が声を上げたのもつかの間。


「シャアッ」


 蛟が鳴くと、水しぶきが上がる。

 部屋の中に充満する強烈な湿気に、沖さんの炎はすぐに消えてしまう。


「まずいですね。向こうは水で、沖さんは炎。相性が良くない」


 國仲さんが呟く。


 そんな! じゃあ、どうするの!?


 蛟は大きな口を開け、鋭い爪で古賀さんの方へと向かっていく。


「古賀さんっ」


 沖さんが慌てて古賀さんにお札を投げつける。


「くっ、古賀さん、逃げて!」


 だけど、お札の炎は蛟の水ですぐにかき消されてしまう。


「危ないっ!」


 古賀さんが目をつぶり、その場に立ち尽くす。


 すると――。


『こっちへ来て』


 急にどこからか女の人の声がした。


 この声って――あの、レコードから聞こえてきた声だ!


 古賀さんの方を見ると、古賀さんの体の上に、半透明に輝く女の人の姿が見えた。


 女の人に体を押され、古賀さんはすんでのところで爪による攻撃を避けた。


「よし、國仲くん、例のものを」


 沖さんがお札を蛟に投げつけながら言うと、國仲さんは荷物から紫色の包みを取りだした。入っていたのは古びた短刀。


「沖さんっ」


 國仲さんが短刀を投げると、短刀は磁石に引き寄せられるかのようにすっぽりと沖さんの手の中に収まった。


「――緋刀ひとう焔狐えんこ


 沖さんが唱えると見る見るうちに短刀は燃え盛る炎を纏った長い日本刀に変わった。


 な、何あれ!?

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