きんもくせい〜明けの三日月3

 その子は、かあさん猫がとても好きでした。


 かあさん猫に抱かれて眠ることも、あたたかいおっぱいをのむことも、いっしょにお月さまを見ることも叶わなかったけれど、かあさん猫のおなかの中で、たくさんの優しさやなぐさめや希望が訪れ、語りかけるのを毎日感じていたのです。




 かあさん猫は、外猫のひとりでした。

 いわゆる野良猫。

 その上、生まれ付き後ろ足が一本ありません。

 でも、かあさん猫の健気けなげさ、ひたむきさ、無心な可愛らしさは、夜道を照らすお月さまの光のように周りの人々の心に届き、優しさや希望を照らし出していました。


 人が生きて行く道はけわしくて、ともすれば闇夜やみよに迷い、いばらの道で剣を振るうことにもなります。茨のとげを剣で払えば、とげは跳ね返り、必ず我が身に突き刺さってきます。


 だけど、もし、光が一時いっときでも道を照らしてくれれば、それを避けるすべが見えるかもしれない。そして、茨にも美しい花が咲いているのを知ることができるかもしれない。


 かあさん猫は人の心にその光をともすことのできる、まるで、天穹からつかわされた御使みつかいのような猫でした。

 だから、ちいさなこの子は、かあさん猫を誇りに思い、かあさん猫の子であることを、とても嬉しく思っていたのです。




 かあさん猫は、今日、野良猫から地域猫になるために、不妊手術を受けました。地域猫は、同じ外猫でも野良猫とは違い、見守ってくれる人たちがいる猫のことです。


 その手術の際に、おなかにこの子がいることがわかったのです。かあさん猫の子宮には水がたまり、このままでは、この子もかあさん猫も命を落とすところでした。


 それは、この子にも、よくわかっていました。


 かあさん猫は、この子と別れる時、自らの九つの命を分けてあげました。

 猫は、九つの命を持っています。でも、この世に生まれなかったこの子には、猫の命がありません。だから、かあさん猫は来世こそ、幸せな猫の一生を送って欲しいと願いを託し、自らの命を分け与えたのです。


 でも、この子は今でも、じゅうぶんに幸せでした。ちいさな自分だって、かあさん猫といっしょになって、みんなの心を照らす光になったと知っていましたから。


 かあさん猫を手術した獣医師の先生も、かあさん猫の一生を守ると決心した人も、かあさん猫を知っている人たちはみんな、この子のために涙したのです。

 そして、その涙は多くの虹になって、たくさんの希望や慰めを地上にもたらすことでしょう。




 渡し守はその子に言いました。

「そうか、虹の橋には行かないんだね。かあさん猫を守ってあげるんだよ」

 その子はにっこりと笑って、うなずきました。



  

 明けの三日月の下、その子はかあさん猫のもとに戻っていきました。もらった命を返して、かあさん猫と一緒になるために。

金木犀きんもくせいのお花のようによりそって、お月さまの光のように多くの希望を照らし出すために。




 みかづき みちる

 みちると まんげつ

 まんげつ かける

 かけて 明けのみかづき 二十六夜のおつきさま


 ねこのいのちは ここのつ ひとつ

 月夜のように みちて かけても

 また みちる

 ねこのいのちは ここのつ ひとつ


 二十六夜のおつきさま かけて

 みそかのおつきさま

 みそかのつきは みちて みかづき

 みかづき みちる

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