5.始まりを告げる道化(2)

「実際、外に出た方が分かりやすいかと思ってね」


 今、少年少女達はヤスカワに突き従う形で、石造りの塔の螺旋らせん階段を下った後、一番下の階の大きな扉をくぐろうとしていた。


どうやら、外に出られるようだ。開いていた扉からは、新鮮な空気が吸い込まれ、気持ちのいい風が吹きつけて来る。


 うながされるまま建物から出て見ると、広く開けた空が視界に拡がり、足元には黄色い砂を剝き出しにした大地が広がっていた。


 なんとなく背後を振り返り、自分が出て来た建物をまじまじと見てみる。視界に収まるのは瑛介達が出て来たものを含め、三本の塔だ。それぞれ色が違う。


「これが、今日から君達の住処となる、リシテル国立魔導研究所付属、第三号魔導官養成学院だ。敷地内に存在する三つの建物は、左から教育塔、儀式塔、居住塔、と呼ばれている。内部に何があるのかはそれぞれ入った時に説明するとしよう。どうだい、この世界は。少しは信じる気になったかな?」


 塔は小高い丘の上に立っているようで、周辺は壁で囲われているが、ところどころ隙間があり眼下の様子が見て取れる。丘のふもとには、小さな町があるようだ。どことなく外国、欧風のおもむきを持つ建物群ではあるが、どう見ても現代的では無いことは誰が見ても明らかだ。


「あれ……馬車か?」

「わあ、水車小屋がある……素敵」


 少年達が興奮して口々にに驚きの声を上げる中、ヤスカワは声を上げた。


「まあ、色々と考えることはあるだろうし、信じない人もいると思うけどね。君達の疑念はこれからの生活によって次第に取り払われて行くだろう。そうだ、一つ注意しておく事がある、塔の周囲に壁があるだろう」

「壁だっていうけどよ……変に間隔開けて立ってやがる。意味あんのかよ」


 どうも敷地を区切るように結構な高さの壁が、一枚一枚の間に一定の距離を置いて塔をぐるりと囲んでいるようだが、金髪が言う通り、あれでは簡単にすり抜けて出て行くことができるだろう。その疑問に答えるように、ヤスカワは話を続けた。


「この学院では、特別な許可が出ない限り、在籍期間中の外出は禁じられている。門が無いのは見ての通りだし、あの壁は、実は目印でしか無いんだよねえ。はい、注目……【廻炎ル・フィア】」


 ヤスカワが造作もなく生み出した、赤い火の玉は言わずとも彼らの目を釘付けにした。燃え盛りながら回転するそれは彼の掌から少し離れた所で静止し、軍服を赤い光で照らしている。


「うん、デモンストレーションとしてはこっちの方がわかりやすいな。もう少し壁に近づこうか、良く見えないだろうし……そう、その位で」


少年少女達を引き連れ、壁に向かって少し距離を開けた所で彼は立ち止まった。


「では行くよ、よぉく見てるように……それっ!」


 彼は火球を壁に向けて放った。


 緩い放物線を描いて回転する火球は壁の位置とはずれて、上の何もない空間を越えて行こうとする。投げ損ねたのかと誰もが思い、丁度火球が塀の真上に達したその時。グュルッという音と共に火球は薄紫色の膜のようなものに吸い込まれ、消えた。


「見ての通り、学院の周囲には壁を目印にして半球状に防御障壁の魔法が張られている。魔力は吸収され、物理的衝撃も通さない壁がね。ちなみに今のがまともに当たるとこうだから」


 ヤスカワは再度生み出した火球を今度は少し離れた地面に向けて放つ。先程と同じような放物線を描き接地した瞬間、火球は爆砕し、大音響とともに辺りに土砂を撒き散らした。


「キャアアアァ!」

「うぉおおおおっ、手榴弾かなんかかよっ!」


 爆発音に慌てる少年少女の姿の姿を見てヤスカワは喉を鳴らして笑っている。砂煙が収まるとそこには爆発でできた深いくぼみが露わになっていた。


「ここから出ることができないのは良く分かっただろう? では、建物内の説明に移るから、こっちへ……」

「ッ、ちょっと……待ってよ!」


 突然激発し喰って掛かったのは、髪を短く揃えた快活そうな少女だ。意思の強そうな瞳をきつく吊り上げ、気丈にもヤスカワを睨みつけている。


「私達、いつになったら家に帰してもらえるのよ!? 異世界だの魔法だのどうでもいいんだってば! 今週末に大事な試合があるんだから、ここでこんな訳わかんないことに付き合わされてる時間はないの! 早く家に返してよ! こんな理不尽な……」


 だが、声を荒げる彼女に対してヤスカワはまともに取り合おうとはしない。

 

「あぁ、それについてはご愁傷様。いい機会だからはっきり言っておこう。皆よく聞いてくれ。残念だが、元の世界に帰ることはできない。何故なら、方法など存在しないからさ」

「そ、そんなはずないでしょ! 呼んだんだから元の世界に返すことだってできるはずよ!! 私達が何も知らないと思って、自分達の都合のいいように伝えてるだけなんでしょ……違う!?」


 強い語気で言い放つ彼女だが、声は震えている。それを見透かしたのか、それとも元々こういう性格なのか、嫌みなほど落ち着いて鼻でせせら笑う彼。


「疑い深いのはいい事だけれど、こればかりは本当だからねえ。それに、仮に君の言う通りだったとして僕らがわざわざ召喚した君達をただで返す理由がどこにあるのかな?」

「知らないわよそんなの! もういいっ! あんたらは信用できない……ここから出て人に聞けば帰る方法位すぐにわかるはずよ!」

「ま、信じられないのも無理は無いけど、さっき言った通りどこへも行けないよ?敷地内は外界と遮断されているから、試してみればいい」


 彼が外壁を指差すよりも前に少女は駆けて行き、壁と壁の間を通り抜けようとした。

そして、そこで止まる。


 片足を振り上げた不安定な姿勢のまま、そこで体を揺らし……しばらくそうした後、ぐらついて後ろ向きに倒れ、とん、と尻餅を着いた。


「何よ……これ」


 立ち上がり、今度は何もない空間に向かって拳を叩きつけるが、薄紫の膜の様な物がそれを柔らかく受け止める。


「何なのよ……これ! 通して、通してよっ! 通せっ!」


 半狂乱になった少女は目の前の何もない空間に向かってその手を振り上げ続ける。だが結局それはヤスカワの発言を肯定しただけに終わった。しばらくそれを黙って見た後、彼は面倒そうに右手を宙にかざす。


 先程金髪が受けた魔法と同じものだろうか。聞きなれない言葉を彼が呟くと、暴れていた少女の体が宙に浮き、足をばたつかせながら、後ろを向いたままこちらへ引っ張られて来た。


「大体分かったとは思うけど、君達はここから出られないんだ、三年間の間はね。諦めてこの世界で生きるのに専念した方がいいと思うよ。では時間も押しているし、さっさと次に向かうとしよう」


 そういうと彼は振り返り、泣き叫ぶ少女を引きずりながら、すたすたと一番右端の塔へ向かって歩いて行く。


「……っくそ! 訳わかんねえ……」


金髪が足元の小石を蹴り上げた。狙ったかのように壁の間に飛んだ石は隙間を抜けられもせずに止まり、落ちてころりと転がった。そうして彼も一つ舌打ちするとそのままヤスカワの後に続く。


 他の誰も言葉を失くしながら、意志を失った亡者の様に彼を追って行った。諦め悪く泣き叫ぶ少女の罵声が次第に小さくなってゆくのを聞きながら……。




 ――そうして次に向かった一番右端の塔、赤い色をした塔の入り口も、先ほど出て来た真ん中の塔と同様に開いている。


「この塔が、居住塔という、主に生活用の空間を集められた建物になる。君達個人の部屋や食堂、手洗や生活物品等を無料で与えてくれる補給所、治療施設など、色々と揃っているから後で確認しておくといい」 


 暖かな落ち着いた色合いの壁面を、発生源は分からない、多少黄色身の強い、柔らかな光が照らす。


 内部では、自分たちと同じような年代の少年少女達が、シンプルなデザインの緑色のブレザーに身を包みそこらここらで談笑している。


 驚いたことに、その言葉は聞いたことの無い韻律いんりつを伴う。もしかしたら、それはこの世界の言語の一つであるのかも知れない。それに混じって時折耳に覚えのある響きが聞こえてこないことも無かったが、それらは圧倒的に少なかった。


「案外、皆暮らしやすそうにしてるだろう? 少しは安心したかな? じきに君達もそうなる」


 コツコツと硬い靴の音を響かせながら彼は石階段を上がっていき、やがて一つの扉を押し開けて入って行く。


「ほら、入って適当にかけてくれ」


 面談室の様になっているその部屋に少年達を招くと、ヤスカワは泣き喚いていた少女を魔法から解放し椅子の上に下ろす。少女は疲れたのか、諦めたのか大人しく座っている。


「ねえ、あなた、大丈夫……?」


 隣に座った眼鏡をかけた女の子がその少女を気遣って肩に手を触れようとしたが、少女はその手をはたく様にして拒絶した。


 そのままそっぽを向く短髪の少女に、なおも心配そうに視線を向ける眼鏡の少女だったが、しばらく話しかけない方が良いと判断したのか、顔を俯けた。


「くっく、まあそう邪険にするなよ。これから同じ釜の飯を食うんだから。さて、君達に渡すものがある。大事なものだから、決して無くしたりはしないようにね」


 ヤスカワは小さな机の上に、辞典のような分厚い本と何か黒い腕輪のようなものを人数分取り出した。そして腰の小さな鞄から現れたそれらに目を剥く少年少女に、一人ずつ手渡していく。


「学院での基礎的な生活から教育される事柄についてまとめた魔導学院教則と、この腕輪。これは生徒証明みたいなものだと思ってくれ。常時身に着けておくように」


各自が腕に着けていく中、先程の騒いでいた少女が、腕輪を投げ捨てた。


「……何よこんな、ママゴトみたいなこと、やってらんないんですけど……」


 転がりながら足元に来たそれをヤスカワが拾い上げ、指でクルクルと回す。


「仕方の無い子だなぁ。まだ諦めきれないのかい?」


 彼はツカツカとその少女の元に寄っていき、睨みつける少女の首をいきなり掴み、片手で持ち上げた。


「ちょっと、止めて下さい!」


 隣に座る少女が、信じられないことに勇敢にも椅子を蹴倒して立ち上がり、止めようとする。だが、彼女が手を伸ばすより早く、彼は手先に生み出した火球でもってそれを制止した。チロリと出した舌が唇の端からのぞく。


「どうも、加減が上手く行かないな、さっき目にした分じゃあ足りなかったかい、恐怖が。僕も舐められるのは好きじゃ無いんだ。危機感が足りてない君らの為にもう一つ言っておいてやるが、ここは元の世界みたいに人の命に重みは無い。そして僕ら教官は、自身の裁量で不必要だと思しき生徒を処分することができる。何なら今、ここでこの子を消し炭にして見せようか?」


 そうしている間にも、首を掴まれた少女の顔が赤黒く染まっていく。


 止めようと立ち上がった少女も、目の前で燃え盛る火球の熱に押されて、たたらを踏んで後ろに倒れ込んだ。誰も、助けようとするものはいない……目の前で渦を巻く火炎の標的が自分に向くだろうということを恐れて。


「さあ、どうする?簡単な二択だよ。死ぬか、この世界で生きてゆくか。今ここで覚悟を決めろ。いつか戻れるなんて甘えは今ここで捨て去るんだ……十秒やろう。九、八、七……」


 ヤスカワの言葉に誰かがヒュッと息を飲むのが聞こえた。次第に短髪の少女に火球が近づけられていく。そして彼が三を数えた所で、じりじりと肌をあぶる熱と息を吸えない苦しさに耐えかねた少女の意志は折れた。


「た、す……け……い、うとおりに、しま、す、からっ」


 首をつられた少女が喘鳴ぜんめいと共に言葉を吐き出すのを、ヤスカワは満足げに頷く。


「そう、それでいいんだ。ほら、付けろ」


 彼は少女の首から手を離し、地面に倒れ込んだ彼女に向かって腕輪を投げ付ける。咳き込み震えながらそれを拾って付けた少女は既にヤスカワへの敵意を維持することができなくなっていた。その姿をヤスカワは見ることもせず、残りの少年少女達に向かってゆっくりと歩いてくる。


「これで良くわかったろうが、僕らは君達を殺すことを躊躇ためらわない。まあ査定に響くから優秀な人間は極力処分したくは無いけれどね。その程度のものさ。これに懲りたら、教員達に叛意はんいを持とうなんてことは考えないようにね。なに、僕らも君らが大人しく従ってくれれば無体な真似はしない」


 ヤスカワは、一人一人の顔をじっくりと舐めるように見回していく。濁った暗い瞳に映された少年達は、それ自体が魔法であったかのように恐怖で縛られ動けなくなる。


「元気が良かった君はどうかな? 随分いい体格をしているけど、僕を殺せるか、試してみるかい?」

「いひっ、イイエ、や、やらないっすよ……」


 上ずった声で青ざめながら返答する金髪。それを笑う者も誰も居ない。


「もう一度、君達に言っておくよ。この世界での命の価値は、元の世界みたいに高くは無いんだ。特に何の役にも立たない、何の力も持たない人間はただのゴミだ。襤褸切ぼろきれと同じように道に捨てられて踏みつけにされる。そうなりたくなければ、この三年間、寝る間を惜しんで必死に戦いたまえ」


 目を細め、噛んで含めるようにそれを言い聞かせるヤスカワ。


 道化じみた素振りと微笑みの仮面。そしてその裏側で隠されていた、契約を誘う悪魔のような禍々しさ……それを目の当たりにした少年達は、今起きているこの出来事が悪い夢で有ることを一様に願うしかなかった。

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